酒童は発作的に身を起こす。
「今の、聞こえたか?」
掠れるような声量で、酒童は天野田の体を揺する。
「聞こえてるってば。
あの野生児の声だろ、あれ」
天野田が小声で返す。
酒童は忍び足で、開け放たれたドアから、東側の廊下を凝視した。
廊下の奥には、例によって寒そうな格好の朱尾がいる。
そしてのその左横には、彼に差し向かい、体を縮めて話している女がいた。
「呪法班の子だ」
天野田が酒童に耳打ちする。
朱尾の横にいる、天野田曰くの「呪法班員」は、気まずそうにうつむいて、消えいらんばかりにぼつぼつと言葉を発していた。
「……だって、そうしなきゃ、いつまでも朱尾くんが悪いままだし……」
女班員は、緑のファイルを抱きしめた。
「本当は、あれは私が悪いんだし……」
「お前さ、馬鹿じゃねえの。
どっちが悪いかなんざ、一目瞭然だろ」
朱尾に威圧感を覚えているのか、彼女は彼が話すたびに、小さく身を震わせた。
「でも、班長も他の人も、朱尾くんのこと警戒してたみたいだよ……。
訓練所のこと、こっちにも伝わってるんだよ」
「だからどうしたってんだ。
ここの奴等が俺を悪もんだと思うなら、思わせときゃいいだろ。
ありゃあ、もう終わったことだ」
朱尾と彼女は、あまり身長差がない。
辛うじて朱尾のほうが背が高い程度である。
しかし、彼女の構えがあまりにも弱々しすぎて、酒童には彼女の姿がひどく小さく映った。
朱尾に圧倒され、彼女はもう何も言えなくなってしまっている。
そんな彼女に、朱尾はこう追い打ちをかけた。
「……余計なことすんな」
そう言い放つや、朱尾は凍てついた面差しで、側にある階段を登って行った。


