仕事を始めて2時間ほど過ぎた頃だった。


「裕美!」


フロア中に聞こえるぐらいの大声でそう呼ぶ声がした。この辺りで裕美という名前は私だけだし、その声は考えるまでもなく剛史さんの声で、振り向いてカウンターに目をやると、正しく剛史さんがいて私を真っ直ぐに見ていた。


「あらまあ」


と言う主任に「すみません」と言ってお辞儀をし、私は仕事の手を止めて彼の元へ歩いて行った。当然ながら周囲は一斉に私と剛史さんを交互に見るし、真由美に至っては『熱いわね』と言わんばかりに、手で顔を扇ぐ仕種をした。


「剛史さん、そんなに大声出さなくても……」

「玉田がいない」

「えっ?」

「出社してないんだ。あいつの携帯に掛けたが、電源が入っていないらしい。そこで俺はあいつの上司に頼み込んで……」


と言ったところで、周囲が私達の会話に聞き耳を立てている事に剛史さんも気付いたらしい。


「ここじゃまずいな。ちょっと来てくれ」

「う、うん」


私達は人気のない階段の踊り場へ移動した。私はまだ状況を掴みきれていないけど、剛史さんからは緊張感がひしひしと伝わって来た。