「あはは。うーん、いい匂いがするね。何を作ってるのかな?」


剛史さんは私のすぐ後ろに立ち、私の肩越しに前を覗き込んだ。私は剛史さんの体温を体で感じ、胸がドキドキして体の芯が熱くなるのを感じた。


「み、ミートソースよ?」

「ふーん。ちゃんと料理できるんだな」

「これぐらいはね」

「ところで、君は“裕美ちゃん”ではないよな?」

「違うけど、どうして?」

「さっきから俺を“さん”付けしてるし、時々敬語が混ざるからさ……」

「あ、言われてみればそうね。ダメかな?」

「いや、いいよ。自然にしてくれて」

「そう?」


そう言えば、しばらく“わたし”は出て来ないけど、どうしたんだろう?

おーい、“わたし”


『何?』


ああ、いたのね。てっきりいなくなっちゃったかと思ったわ。


『ずっといたわよ。でもね、何か変なの』

変って?

『本当に今まで“あなた”だった? “わたし”だったって事はない?』

何言ってるのよ? 私は“私”だったわよ。

『そうだよね……。何かさ、あなたと“わたし”がごっちゃになって来ちゃった。あなたはそういう事ない?』


え?
そう言えば剛史さんを“剛史”って呼び捨てにしてたのに、いつの間にか“剛史さん”って“さん”付けに変わってたのよね。もしかして私は“わたし”なのかも。


『じゃあ“わたし”は誰?』


あ、そうかあ。ん……ややこしいから、考えるのやめない?
どうせ体を共有してるんだから、どっちでもよくない?

『そうね。そうしましょう』