「真由美ちゃん、それはいつ頃の事だ?」

「えっと、1時間半ぐらい前です」


真由美ちゃんは壁の時計を見ながらそう言った。1時間半かあ。かなり前じゃないか……クソ!


「病院は?」

「確か本郷のT大病院です。裕美はタクシーで行ったと思います。イサムさんからそうしろって言われて、裕美に伝えましたから」

「そうか。わかった」


俺は真由美ちゃんに背を向け、走り出そうとしたが、「岩崎さん!」と彼女に呼び止められた。


「裕美を助けてください。お願いします。裕美にもしもの事があったら、私は……」


真由美ちゃんは目に涙をいっぱい溜めていた。おそらく責任を感じているのだろう。


「君のせいじゃないよ。裕美は俺が必ず助け出すから、君は心配しなくていい」


彼女が頷くのを見て、俺は通路を駆け出した。真由美ちゃんにああ言ったものの、本当に裕美を助ける事が出来るだろうか……

1時間半という時間は、短いようで長いと思う。玉田の別人格が裕美に危害を加えるには十分な時間に思えてしまう。ああ、クソッ!


玉田に圧し掛かれ、泣き叫ぶ裕美の姿を想像してしまい、俺はそれをかき消すように頭を振った。



俺は会社を飛び出し、大通りに出て空車のタクシーが通るのを待った。とにかくタクシーに乗り、真由美ちゃんから聞いた病院へ向かうつもりだ。そこに裕美がいるとは限らないが、今はそれしか当てがない。


間もなく来た空車のタクシーを拾い、それに乗り込んで俺は運転手に告げた。


「本郷のT大病院に急いでください」

と。