これは、カノンがアルバートに半ギレして、部屋から飛び出した後の話。
「は?生理?そんなんであんなになるもんなのか?」
俺は男だから、ケヴィの言葉にそう返した。
女の気持ちなんてわからない。
アルバートもなんとも言えない表情をしている。
「それがなるんだとよ。ホルモンバランスが云々でキレ易くなる」
「……なんでおまえがそんなことをしているんだ?」
「昔聞いた」
「……昔って、まだ若いときってこと?」
「俺たちは充分若いの部類に入ると思うがな……」
まあ、そんなことは俺には関係ない。興味がない。
それよりも、俺には気になることがある。
「おまえら、あいつを最初見たとき何か思わなかったか?」
「え?どういうこと?」
アルバートは感じなかったらしい。
「……実を言うと、俺も何かを感じた」
ケヴィが頷いた。
ケヴィも思う節があるようだ。
「何を感じた?俺は懐かしいと感じた」
「ああ、それは俺も思った」
「え、そうなの?だからカイルはカノンを助けたの?初対面だと思わなかったから」
「まあな」
……なんとなく、あいつを見ているとあやふやになる。何があやふやなのかと問われても、答えられないが。
「俺も、どこかであったか?とは思ったんだ。しかもかなり昔に」
「そう、昔に会ったような気はしたんだ。しかし、紫姫と知ってありえないと思い直した」
「それも思った。あいつが女で紫姫な時点で知っているわけがない。それに異世界から来たんだからな」
「そう最初に思ったときの話だけどさ、人違いじゃないの?女なんていくらでもいたんだから」
「「……」」
「え?え?なにその目」
「おまえ、そういう趣味だったんだな」
「幻滅したぜ」
「え?ちょっと待ってよ!どういうこと?」
もしも、俺たちがあいつに昔会っていたとする。
あいつは今18歳。俺たちは22歳。俺たちが盛ったのは16歳。つまり、6年前になる。
そこから見えてくるのは……
あいつは12歳だったということだ。
アルバートは最初気がついていなかったようだが、どうやら気がついたようだ。
「はあああー!!何言ってるの?僕はわりと年上に人気があったんだよ?ロリコンじゃないんだけど!」
「おまえ、気づくの遅すぎ」
「クククッ……」
ケヴィは呆れ顔で言い、俺は喉で笑ってやった。
それだけで、俺たちにからかわれたとやっとわかったようだ。
アルバートは憤慨している。
「え、ひど!からかったね……」
はあ、またあの黒い笑顔になりやがって。マジでめんどくさい。
俺の髪がピッと少し切れた。
どうやらケヴィもやられたらしい。片眉がつり上がっている。
俺とケヴィは同時に立ち上がった。
「「外出るぞ」」
そして、同時にそう吐き捨て、部屋を出た。
「やーっぱり二人って似てる。でも、そうこなくっちゃ」
アルバートも立ち上がり、俺たちの後を追った。
ひとり残されたルーニーだが、迷ったあげく、上着を着てついて行くことにした。その脇には3本の剣を携えて。
「僕を怒らせたね?どうなっても知らないよ?」
「それはこちらの台詞だ。久々だからな、腕がなる」
「お互い手加減なしだぞ」
「大乱闘の開幕だ。ルーニー、剣を寄越せ」
「はい!」
俺たちは城の外の広い草原に来ている。草原と言っても、あるのは木しかないが。
俺がルーニーに命令すると、風に乗せてそれぞれ剣を運んでくれた。
それぞれ鞘から剣を抜いて構える。
「ケヴィはもう忘れてるんじゃないの?剣の扱い方」
「おまえこそ、腕が鈍っているんじゃないのか?」
「ははっ!それじゃあ行くよ!」
アルバートの言葉で俺たちは一斉に走り出した。
アルバートが先制攻撃を仕掛けて来た。風の刃が俺とケヴィを襲う。
俺はそれを水圧で上へと押し上げた。
ケヴィも炎の勢いで上昇気流へと変換させた。
「甘いな。こんなもんじゃないだろ?アル」
ケヴィが挑発的な言葉を発した。
「なあに、心配ご無用。まだまだ準備運動にもなってないよ。そっちこそ、怖じ気づいてるんじゃないの?」
「ハッ!見せてやるよ」
ケヴィは剣に炎をまとわりつかせ始めた。
俺はそれを阻止しようと、俺も剣に水をまとわりつかせた。
アルバートもそれに習う。
だが、この溜める時間は一瞬だった。
「「「おらっ!!!」」」
ケヴィが放った炎は狼に。
俺が放った水は龍に。
アルバートが放った風は鷹に、それぞれ形作り激しくぶつかった。
俺はその様子を見る間もなく、ケヴィに剣の切っ先を向け、飛びかかった。
……やはりな、反応が少し遅かった。
ケヴィはなんとか避けて後ろに飛び退いたが、ちっと舌打ちした。
「やはりダメか」
「みたいだなっ!」
俺はもう一度ケヴィに飛びかかる。
「僕を忘れてない?」
アルバートもそこに加わって来た。
三人で剣を混じり合ったり避けたり、激しい攻防が続いた。
俺がアルバートの剣を弾き飛ばしたとき、爆音と共に爆風が襲いかかってきた。
「なに?!」
俺たちは瞬時に力で壁を作り、爆風を防いだ。
爆音の正体は俺たちがさっきぶつけた力。
3つの力が合わさりあって、爆発したようだ。
その壁を作ったせいで体力を消耗しすぎた。
みな息切れを起こしている。
ルーニーが遠くの方で腰を抜かしているのがちらっと見えた。爆風があそこまで届いていたようだ。
爆風の余韻で木々の枝がさわさわと音をたてている。地面は雪が完全に蒸発して土が剥き出しになっていた。
「おまえ、どういうつもりだ?」
ケヴィが俺に飛びかかって襟元を掴んで来た。
「なんのことだ?」
「しらを切るな。
アル!こいつなんて言ったと思う?」
「え?なんかしゃべってたっけ?」
「おまえ、あいつが気になってんだろって言って来たんだぜ?」
「あいつって、カノンのこと?」
「よくわかったな、アルバート」
そう、剣を混じり合っていたとき、俺はケヴィに質問をした。
あいつが気になっているのかと。
懐かしいと思ったのなら、俺と同じことを思ったはずだ。
「大丈夫だケヴィ。おまえだけじゃない。
そう思ったのは俺もだ」
「はあ?!そうなのか?」
「ああ。縁談を断り続けているのもそのせいだ。頭のどこかでこいつじゃないって思っていた。俺は誰かをいつも探していたんだ。
そして、俺があいつと出逢ったとき、その誰かはこいつだって悟った」
「「……」」
そう、女を抱いていたときも、見合いの写真を見たときも、違う、という感情が渦巻いていた。
俺は誰かをいつも求めていた。忘れている誰かを。その面影も声もわからないが、誰かをいつも探していたんだ。
このことは今まで誰にも話さないでいたが、このさいだからカミングアウトしてみた。
「それ、本当?だから今まで縁談を断って来ていたって言うの?だからまだ一人身でふらふらとしているの?」
「そうだ」
「……まさか、とは思ったが。やはりおまえもか、カイル。
俺も心のどこかで誰かを求めていた。それは女だってことはわかっていた。だが、本当に誰かはわからないでいたんだ。
そんな俺の前にカノンが現れた。その直後、安堵した。あいつに初めて会った気がしない、と。
そして、戸惑いながらも受け入れた。俺はあいつに惹かれているってな」
「……やっぱりね、カイルもケヴィもカノンに対する態度が今までと違っていたもん。二人に限ってまさかね、とは思っていたけど……」
「その、まさかだったってわけだ」
ケヴィはそう言うと、俺から離れた。
「恋なんて今までしてこなかったが、遅い純な発情期だな」
「まったくだ」
俺とケヴィはお互い目配せした。火花が散ったと言ってもいい。
「じゃあ、君たちにとってはカノンは運命の人ってわけ?」
「まあな」
「恋なんて聞くと女々しいが、これは男の戦いだぞ、カイル」
「ああ、わかっているさ。アルバート、誰にも言うなよ?」
「とってもおもしろいんだけど、不本意ながら口はつぐんでおくよ」
「じゃあ続きだ、と言いたいところだが生憎力が残り少ない」
「俺もだ」
「僕も」
俺の言葉にケヴィとアルバートは肩をすくめてみせた。
「昔みたいに競争でもするか?」
「競争?なんの?」
「城まで誰が早く着けるか」
「子供っぽいな」
「いいじゃねぇか。3、2、1……」
俺がカウントダウンを始めると、二人は目の色を変えた。負けず嫌いだから、お互い様に。
「ゼロ!」
そして、俺たちはくたくたになって部屋に戻った。
競争の結果は秘密だがな。