「あー、負けてしまった。長期戦に持ち込んだつもりが、逆に火に油を注ぐ結果になってしまった」

「俺はスロースタート型でもあるからな。だんだんと力が増してくる。しかし、短期戦に持ち込もうとしたのは失敗だった。自分のペースでやればこんなには疲れなかった……」

「でも、楽しかったよカイル殿。優勝おめでとう」

「ああ。準優勝おめでとう、ラセス」

「それは嫌みにしか聞こえないのだが。しかし、来年こそは勝つ」

「来年も勝たせてもらうからな」

「僕もやりたかったなー、試合」

「アルバートは仕方ないだろう。妻にストレスを与える気か?妊婦には酷だぞ」

「だから出なかったんじゃん!わかってるよ!カイルこそ早く身を固めて欲しいね!」

「俺はまだいい」

「俺もまだいい」

「ラセスには聞いてない!」

「「ははははは……」」





……はあ、終わった終わった。楽しかった。

あっという間に終わってしまった戦い。まだ明日も別の競技があるから、観戦をするためにも今日は早く寝よう。



愛馬に跨がってゆっくりと歩いていると、シリウスが城ではない所を目指していることに気づいた。

ぼーっとしていたためうっかりしていた。しかし、手綱はしっかりと握っているのだがな。



「おいおい、そっちではないぞ」



呼び掛けるも、ブルルル……と嘶くばかりだ。方向を変えようとしない。

シリウスもこんなことをするのだな。

と妙に納得しながらも成されるがままにゆらゆらと揺れる。




……どこに向かっているんだ?この先は墓場と森しかないぞ?

だんだん焦り始めた俺。しかしこいつはペースを崩さず、逆に徐々に上げながら歩いている。



この先に何があるって言うんだ。今朝も来たばかりなのだが……まさか、二人に優勝を報告しろとでも言いたいのか?

馬がそこまで理解しているとは思えるはずもなく、その考えはすぐに打ち消す。



シリウスは止まることを知らずに進んでいたが、石碑の前で立ち止まった。

俺は飛び降りる。



石碑を見下ろして見ると、花が増えていた。誰だ置いたのは。



ふと、デジャ・ヴを覚える。確か、前にも頭のところに花があったな。同じやつか置いたのか?



今度は足跡が残っていた。それを目でたどって行くと、シリウスの足の下を通っていた。

気づかなかったが、いつの間にか移動していた黒い馬。そこに何かいるのか?




「ちょ、やめ……くすぐったいって……やめてよシリウス……バレちゃうから」




と、女性の声が聞こえて来た。誰だ?





「そこにいるのは誰だ?」




幾分低い声を出して聞いてみる。小心者なら走って逃げるだろう。




「だから、バレちゃったじゃん……あ、ちょっと引っ張らないでよ……うわぁっ!」




シリウスが口でそいつの襟元を咬み、木の影から引っ張り出した。

それと同時に、チリンと鈴の音が聞こえた。

見たことのない女性……のはずだが、誰だ?俯いていて顔がよくわからない。喉の奥にあるはあるが、なかなか出せずにいる。


もどかしい。



「ええっと……すみません。勝手に花を置いてしまって」

「あ?い、いや、若い女性が起きに来てくれたから、二人とも鼻の下を伸ばしているんじゃないか?」

「えー?そうですか?想像できませんよ。特に頭は」

「知っているのか?」

「はい、少しだけ……ってちょっと!だから止めてよ!思い出したらどうするの?フリードが許してくれたから今だけここにいるのに……でも、思い出してくれたら戻って来なくていいとは言われたけど……」




盛んに彼女の鈴を鳴らそうとするシリウス。なぜこんなにもなついているんだ?




「前にも会ったことあるか?」

「い、いいえっ!そんなことありませんよ!ああ、しまった!やられた……」




彼女は俺の問いに両手をブンブンと振って全否定した。しかし、そのせいでシリウスを抑えていた手は鼻面から離れ、シリウスを自由にさせてしまった。

チリンチリンと鈴で遊ぶシリウス。




……ん?モヤモヤが……消えていく。遠い過去に置いて来た何かが、頭の中にようやく吸い込まれて行くような……カチッと何かがはまっていくような……




「お、まえは……」




彼女を凝視したまま、固まる俺。

彼女もまた、俺を困ったような目で見つめている。




俺はその名前を言う前に、身体が先に動いていた。

彼女をこの腕の中に閉じ込める。




「……カノン!」




やっとの思いで口に出した言葉。彼女は自分の名前を呼ばれた直後、泣き出す。




「悪い……泣かせるつもりはなかったんだ」

「だから、言ったじゃないですか……これは嬉しくて泣いてるって……」

「今までどこに行っていたんだよ!」

「いろいろなところです。そのおかげで歳を不規則に取ってしまいましたが……」

「だから大人っぽくなっているんだな。元気そうで良かった」

「……ただいま、カイルさん。もう、わたしはどこにも行きません。あなたの側にずっといます」

「おかえり、カノン。その鈴ちょっと貸せ」

「……?はい、どうぞ」





─────離れたカイルさんに鈴を渡すと、胸ポケットから何かを取り出した。



「それ!まだ持ってたんですか!」

「ああ。捨てるに捨てられず、お守りとして持ち歩いている」




カイルさんは鈴を取り出したのだ。そして、器用に二つの鈴に付いている赤い糸を結び、ひとつにした。




「やっと、戻ったな」

「カイルさん!」

「うおっと……」



チリンと鈴を鳴らしたカイルさんに、わたしは飛び付く。




「大好きです!」

「おまっ……声でかい。だが……俺も、好きだ、カノン。もう、絶対に離さない」

「はいっ……っ!」




唇に落とされたキスは、数えるほどしかしていないキスの中で、一番優しく、甘く、切なかった。だんだんと深くなるキス……少し苦しいけど、でも、いいや。




赤い糸で結ばれたわたしたち。



ハッピーエンドなんて、あり得ないと思っていた。



シリウスが横で囃(はや)し立てるけど、無視をする。あなたにも子供できたじゃないの!




……これから、まだ時間はたっぷりある。




一度取り外された歯車は、リメイクされて再び戻された。今度は、主流として。お飾りでもなんでもなく、なくてはならない存在へと変身し、帰ってきた。




この手を、もう離すことはない。隔たりは消え、満ち足りた空間だけがわたしたちを包み込む。




もう、どこにも行きません。勝手にいなくなりません。




だから、約束します。




どんなに大きな壁にぶち当たろうと、一緒に乗り越えると。一緒に背負い、生きていこうと。




王様になったカイルさん。でも、あなたはカイルさんであり、なんでもできるわけじゃない。




以前、言っていましたよね?王は人間であり、なんでもできはしないと。




そうです、カイルさんは人間です。そして、紫姫だったわたしも、人間です。瞳は紫のままですが。







あなたは蒼の光となり国民を導き、わたしは紫の翼となりあなたを支えます。




これからも、ずっと……







─────────~fin~