「で、これからどうする?怪我人が多すぎるが」

「……」

「カイル殿もあの様だ。これ以上戦っても無駄な体力を消費してしまう」

『いえ、無駄ではありません』

「え、そうなの?」




わたしは仰ぎ見た。

いつの間にかカイルさんをくわえて、ケヴィさんの隣に下ろしながら言ったジーク。

そのときでも、尻尾をせわしなく動かしている。




「何か言われたのか?俺は」

「無駄ではないって……」

『こいつらの封印は4ヵ所です。そのうちの3つは山の中でしたが、残りの1つはあの城の地下にあります』

「と言うことは……」

『こいつらをまた封印しない限り、城は襲われるでしょう』

「ど、どうしよう……島のことも城のことも、課題が多すぎる」

「なんだ?なんの話だ?」

「異形の者たちはもともと封印されていて、そのうちの1つはあの城の地下にあるそうです」

「……だからこいつらはある一定の方向に進んでいるのか」

「あっ……」





確かに、みんな同じ方向を目指している。

その先にはあの大きな白亜の城。

……でも、地下なの?確かそこには地下通路があって、部屋があったはず……


……そもそも、なんで地下通路なんかあるんだろう……もしかして、その封印をするときに必要だったとか?それとも、こういうときのためにセンタルの先人たちが作らせたとか?


それか、もともと存在していたか。


封印するために作るには、手間も時間もかかるはず。


……うーん、わからない。もしかしたら他にも部屋があって、そこに封印があるとか?




「じゃあ、どうすれば……それに今は音沙汰ないけど、いつ島が本格的に動き始めるかわからないし……」

「ああ。あの女が今何を考えているのかまったくわからん。やるならさっさとやるはずだ」

「うーん……」




わたしたちが悩んでいると、男の人がひとり走って来た。



……アルさん?いや、似ているけど違う。体格が違い過ぎる。あの男の人の方ががっちりとしている。




「カノン様方!早く城に戻ってください」

「……どうしたんですか?」

「おまえは誰だ?」

「……」

「答えろ」




なんだか気まずい空気だけど、今はそれどころではない。




「アルさんのお父さんですよね?」

「はい。よくご存じで。アルバートは今ルーニーの代役をしています。ルーニーが倒れてしまいまして……
カノン様、城にお戻りください。これから強力な結界を張ります。我ら兵士も合わさって作るのですが、そうなれば外から中に入ってくることは困難になるでしょう。ですから早くお戻りください」

「……その、我ら兵士、の中にはリチリアの兵士は含まれていますか?」

「それは……その……」

「幻滅しました。カイルさんはとうにリチリアに対して心を許していると言うのに、あなたがた兵士は主の心を汲み取れないのですか?」

「……」

「……アルさんのお父さんはカイルさんを運んでください。ラセスさんはケヴィさんをお願いします」

「わかり、ました……」

「さあ、ラセスさんもボケッとしていないで運んでください。ジーク!援護をおねがい!」

『わかりました!』

「……よっ、と……おまえ、やるときはやるんだな。こいつらが惚れた理由、わかるかもしれない」

「だからってラセスさんまで惚れないでくださいよ……って、何言ってるんだろわたし。うわー恥ずかしー撤回したい……」

「……ぷっ」





ケヴィさんを背負ったラセスさんに噴かれたので、わたしはギロリと睨み付けた。




「……笑わないでください」

「……いや、悪い悪い。おもしろいと思ってな。安心しろ、おまえなんかに惚れたりはしないさ。そこまでロリコンではない」

「……一言余計な気がします。それにわたしは18です。4つしか違わないんですからね」

「わかったわかった。だから、睨み付けるなって……」




ジークが作ってくれている道を歩くわたしたち。

……それにしてもアルさんに似ているなぁ。いや、アルさんが似ているなのか。ルーニー君も確かに似ている。

だから、その強いという風の力を遺伝的に受け継いだのかな。



そんなことを思いながらお父さんの背中を見ていると、ふいにため息が聞こえてきた。


どうやらお父さんがしたようだ。




「……なんだか我々はバカみたいですね」

「ど、どうしたんですか?いきなり」

「敵だ敵だと区別していましたが、所詮は同じ人間。優しさもあれば、おもしろさもある。
あなた方の会話のみを聞いていると、悪いやつらではないのかもしれないと思いまして……
そう思うと、頑固な我々はつくづくバカだなと……」

「そうです。バカです」

「おい……」

「いいんですよ、ラセスさん……
古い柵に囚われ過ぎて、今を見ようとしないんですから。もう紫姫のことは時効です。効力はすでに失われています。いつまでも歴史に頭を悩ませていては、未来なんてとうてい創れませんよ」

「はい……今は若い者が掌握していますから、我ら大人は見守るしかありませんね……」

「いえ、時にはダメ出しをしてください。まだまだ未熟者なんですから、そこは大人の意見がないと国はうまくまとまりません。頑固な人もいないと、単調な考えしか浮かばないものです」

「……そうですね。我ら大人が子供を導かないければ、いつまで経っても子供のままです。早く大人になってほしいとは思いますが、少々名残惜しくて……」

「子供にどーんと任せればいいんです。子供は子供なりに成長しますから」

「はい!陛下にもお伝えします!」

「……(なんで子育て論なんて熱く語っているんだ?まだ子育ての経験はないだろうに)」




───そんなこんなで城までたどり着いた。

お父さんは城に着くなり、すぐにリチリアの兵士を誘導させるようにした。


仲良く並んでベッドに眠る二人。

……やっぱり似てるな。寝顔っていちばん無防備な顔だって言うし。

似てない双子がこのときだけは似ていたり、性格が正反対な親子も似て見えたり。




わたしはニコニコとしながら椅子に座って見守った。





「カノンちゃん!大丈夫だったの?」

「カノンちゃん、あまり無茶してはダメだよ。僕たち大人だっているのだから。はい、お握り。食べないと身体がもたないよ」

「……すみません」




セレスさんとヘレンさんがわたしたちに近づいて来た。

多分、二人の治療をするのだろう。




「治療、お願いします」

「ええ。わたしはカイルをするから、あなたはケヴィ君をお願いね」

「うん、わかった」

「……あれ、ケヴィさんをご存知なんですか?」




もらったお握りを咀嚼しながら、治療を始めた二人に話しかける。




「ご存知も何も、わたしたちはこの子の正体を知っているわ」

「……じゃあ、ケヴィさんのお母さんはヘレンさんの従姉妹ってことを?」

「そうよ。あなたも知っているのね」

「はい、まあ……」

「深くは追及しないよ。僕たちは彼に最初会ったとき、ピンときたんだ。恐らくシュバリート家と繋がりがあると。この王家には特徴があってね、銀髪に蒼眼。
でも彼にはその特徴がない。けれど、ある共通点があったんだ」

「その共通点とは?」

「彼のうなじを見たことがあるかい?」

「いえ……」

「会った当初は今よりも髪が短くてね、これを見ることができたんだ」

「あっ……」




わたしはお握りを咀嚼している途中で声を漏らし、危うく戻してしまうところだった。



……こんな共通点があったとは。



ケヴィさんのうなじにも、ヘレンさんが見せてくれたうなじにも、星形のようなほくろがあった。




「じゃあ、カイルさんにもありますよね?」

「あるよ。僕たちはこれを龍の刻印と呼んでいる」

「また龍ですか?龍の星屑も龍ですよね?」




島の監視のために外に置いて来たジーク。

そして、水月、優月、火月、風月。



みんな龍だ。神聖な生き物。

何か密接な関係でもあるのだろうか。




「実はね、このケルビンにはある伝説があるんだ。それに深く関係しているのが、あの異様な者たち。あれらは4人の人間によって封印された。その4人は死後龍となり、この世界、そしてケルビンを見守っているという」

「その4人のうちの2人は添い遂げて、この国を造ったとされているわ。わたしたちの先祖ってことになるわ。だから、龍はこの国、特に王家と深い関わりがあるの」

「……」





たぶん、その4人って言うのは……


水月、優月、火月、風月のことなのかもしれない。


水月と優月は水と癒しを司る龍だ。

青い瞳をもつ人が治癒の力も使えるのは、二人がつがいだからなのかもしれない。




「だから、これは龍の刻印と呼ばれているのよ」

「……話は戻すけど、ケヴィ君は王家と深い繋がりがあることを知り、すぐに調べさせた。すると、あるひとりの女性が浮かび上がってきた」

「それが、わたしの従姉妹だったってわけなの。わたしと彼女は面識はなかったけど、わたしは彼女を知っていたわ。
盲目な彼女が一人立ちしたって聞いて、そこで出逢いがあって、子供が産まれてしまったと簡単に思いあたった」

「……そこまで、綺麗事ではないんです。ケヴィさんの生い立ちは……」




わたしは言いかけたけれど、セレスさんもヘレンさんも首を横に振るから止めた。


……そうか、それはもう過ぎたことだから、今さらどうこう知ったって、今が変わるわけじゃない。

それに、本人も知らないことをべらべらと言いふらすのは間違っている気がする。



「……すみません。度が過ぎました」

「いいのよ。それに、その生い立ちがなければカイルと出逢っていなかったもの。親友ができたのだから、その子がどんな子でも、この子が気を許したのだからわたしたちは信頼するわ」




ヘレンさんの言葉にセレスさんは隣でうんうんと頷く。




「……そろそろ、大丈夫だろう。僕たちも体力を温存しなければ」

「あとの残りは若さで十分!もう、若いっていいわね!」

「いやいや、君も十分若いよ。こんなに可愛らしいのだから」

「まあ、お上手なんだから」




……ふたりはラブラブしながら去って行った。

それと同時に食べ終わったお握り。

……でも足りない。二人の分も貰いに行って来よう。





わたしも部屋から出た。

一度、二人を振り返って見たけれど、起きそうにないからお握りは後でいいよね?

わたしは自分の分だけを取りに歩き出した。





「……ちっ。肝心なところがわからなかったじゃねぇか」

「だな。俺の生い立ちのところが一番知りたかったがな。それになぜカノンが知っているのかも気になる」

「寝ている間に、いろいろなところに行ったのだとよ。たぶん、俺たちでは到底踏み入れられないところだろう」

「……それにしても、おまえの両親はやはり王族だな。大人な対応をしたと見せかけ俺たちが起きているのに気づいていた」

「……俺もおまえも王族だがな」

「安心しろ、俺はそこに仲間入りするつもりはない。今までの生活がしっくりくるだろうしな」

「ああ。おまえは土いじりをしていた方が性に合っているだろう。大人しく書類に目を通せるわけがない」

「……ずいぶん言ってくれるな。後で覚えておけよ」

「……」

「無視か……まあ、俺もせいぜい生き延びるさ。あいつを護ってやりたいからな。
だがカイル。飯は期待しない方がいいぞ。あいつのことだ、起きそうにない俺たちの分はいらないと考えているはずだ」

「……腹減った」

「ああ。早く戻って来いよ。空腹で死にそうだ……しかも腹鳴ったしおまえの……あ、ヤベ……」

「人のこと言えるのかよ……」





そんな会話が成されていたとは露知らず、わたしは自分の分だけお握りを取りに行ったのだった─────