「カノン様!起きてください!カノン様!ここもダメになってしまいます!」

「ぬあ?ああ、リリーちゃん!生きてたんだ!」

「ですがもうじき死にそうです!」




半泣きのリリーちゃん。


どうやらここは地下のわたしの部屋のようだ。なにやらガタガタと騒がしい。



「リチリアの軍がここまで入り込もうとしているんです!」

「え、じゃあ逃げないと!」

「はい!逃げましょう!抜け道がここにあります」



リリーちゃんはベッドを少しずらした。



「……どこに?」



ただの木目のある床。特に変わったところはない。


わたしが床を凝視していると、床がカタカタと動いてパカッと一部が開いた。

下から誰かが上げたようで、その人の腕が見える。


そしてその腕は開けた床の一部から離れると、親指をたててグッド!とした。



「お姫様は起きたんでしょ?急がないとね」

「はい!よろしくお願いしますニック様」

「いやー、様なんかつけてもらって僕嬉しいよ。張りきっちゃうからね!」



……張りきる?



「さあ、カノン降りて来て!そんでもって乗って!」



……乗る?



わたしは言われるままに床の下に降りた。

ガタッと足元にあるものが震動で音をたてた。



……もしかしなくてもこれは。




「んじゃ、行っくよー!」



……やっぱりぃぃぃぃぃぃぃぃ!!



箱形の乗り物でレールがありものすごい速いものと言えば?


ピンポーン!大正解!ジェットコースター!



「ひぇぇぇぇぇ!!!」

「ひゃっほぉぉぉぉぉい!!」

「行けぇぇぇぇぇぇ!!」



……のようなトロッコでした。

いつの間にこんなの用意したの?びっくりだよまったく!



舵(かじ)をとっているのはニックさん。だから張りきるって言っていたのか……


それにしても……



ブレーキというものを知らないのかこの乗り物は?!


髪は風になびかれ目は乾くし、手を手すりから離したら飛んで行っちゃいそうな勢い。


ニックさんもリリーちゃんも楽しそうに雄叫びをあげている。

わたしもさっきまでひぇぇぇぇとかきゃあぁぁぁとか言ってたけど疲れて止めた。

無駄な体力の消費は避けた方が身のためだと思って。



実際にはものの数秒だろうけど、わたしには永遠の時に感じ始めたころ、ニックさんがブレーキをかけ始めた。


キキキキキキーーーーッ!!



ぎゃあー!耳が!鼓膜が!どんだけスピード出てたの?ていうかこれは錆(さび)が原因?


とりあえずうるさい……



わたしは耳の穴に指を突っ込んで堪え忍ぶ。

ぎゅっと瞑っていた瞼の裏に光を感じたから目を開けてみた。同時に不協和音も鳴りやむ。



「はい、到着ー。さあ降りて」

「ありがとうございました!楽しかったです」

「機会があればまた乗せてあげるよー」




なんとかわたしはトロッコから降りて地面に立つ。

久し振りの地面だ。今まで水の上という体験できないようなところに立っていたから変な感じ。



トロッコが到着したところはどこかの森。

今は夜なのか、かなり冷える。

……うん、夜のはず。龍の星屑が見えるから。



「ねえ、今って夜だよね?リリーちゃん」

「はい。夜です」

「なのになんで、こんなに明るいの……?」



地上から煌々と照らされる夜空。その原因ってやっぱり……



「リチリアが、火を放ったからです」

「やっぱり……」

「リックたちは今その消火活動に回っているんだ。丁度夜だから敵も攻撃を緩めてるんだけど、とうとう地下にまで攻めて来ちゃって……」

「しかも何かを探しているみたいだったので、恐らくカノン様を探していると思います……」

「さて、これからどうしようか。実は僕もここがどこなのか正確にはわからないんだ。トロッコは一度しか使えないからね。あそこまで運ぶのは一苦労だったろうなあ」

「「……」」



どうやらリリーちゃんも初耳のようだ。

ちょっとちょっとちょっと!




「場所がわからないんですか?」

「炎が遠いってことと、城が見当たらないってことはセンタルからは遠いんだよきっと」

「……わたしたちはこれからどうすればいいんですか?」

「それはやっぱり待機か逃げるかのどちらかでしょう。でも動かないと身体が冷えてきちゃうから、逃げた方がいいと思う。見つかる可能性だって低くないし」

「……逃げるんですか?」

「うん。それしかないね」

「ニックさんは悔しくないんですか?みなさんが戦っているのに自分だけのうのうと逃げるなんて」

「そりゃあ、悔しいよ僕だって。ケルビンの一国民だもん。でも、カノンを護らないといけないし……」

「それで、リックさんが知らない内に死んでしまったら、自分を許せますか?」

「……それは……」

「できませんよね。わたしもできません。ケヴィさんやカイルさんがそのような事になっていたら、一生後悔します。
だから、わたしはセンタルに戻ります」

「なっ!カノン様?!正気ですか?カノン様がふらふらとしていれば、敵の思うつぼですよ?」

「なら、リリーちゃんにも聞くよ。自分の知らないところでお母さんが死んでいたらどうする?自分を許せる?絶対に後悔しないって言えるの?」

「……ですが……」

「それはもですがもへったくれもないよ。後悔したくないよね?次会ったときは動かない身体になっていたらさ、なんであのとき戻らなかったんだろうって思うよ。
やらないで後悔するよりは、やって後悔した方が絶対に良いって。
なんで戻って来たって聞かれたら、後悔したくないからって言えばいいんだよ。
だから、戻ろう?みんなのところに」



ニックさんとリリーちゃんはお互いの顔を見合わせたけれど、わたしに視線を戻した。

その瞳には強い決意がみなぎっていた。




「でもさ、遠くない?ここから。だって城も見えないんだよ?」

「それは大丈夫。コナー!こっちに来て」

「コナー?自分の仮の名前を呼んでどうしたの?」

「その名前はもともとはわたしが鳥につけた名前なんです。
コナー!こっちこっち!」



わたしがしばらく空を見上げていると、どこからか三羽の小鳥が舞い降りて来た。

わたしの肩に止まって話しかけてくる。



『やっと呼んでくれた。僕たちに望むものは何?』
『力?』
『力?』

「力じゃなくて、あなたたち守護神の本来の姿」

『『『了解!』』』




コナーたちはわたしの肩から降りて少し離れると、身体を奮わし始めた。



「な、なんだなんだ?」

「……?」



わたしは神から知恵をわけてもらった。背中に体当たりされたときに、少しわたしの中に流れて来たのだ。

そのとき、コナーたちの存在する意味を知った。

彼らは……



「な、なんですかこれは?!どうなってるの?鳥がこんな、こんな……」

「これ僕絵本で見たことあるよ!確か……」

「「グリフォン!!」」




ニックさんとリリーちゃんが同時に叫んだ。


そう、彼らはグリフォンと呼ばれる神獣。

頭は鷹とかの猛禽類、胴体は猛獣で、尻尾が生え、背中には大きな翼がある。


初代紫姫には三頭の狼がついていたように、どの代の紫姫にも守護神がついていた。

わたしにはグリフォンがついていてくれたのだ。



『『『さあ、乗るがよい』』』

「ありがとう!二人とも、乗って乗って」

「ここにですか?恐れ多くて……とても……」

「落っこちちゃいそう……」

「大丈夫だって!彼らは大きいし力強いし、優しいから!ほら!手遅れになる前に」

「「……」」



二人は渋々といった感じでグリフォンの背中に乗った。



「コナー!センタルの街の上を飛んだ後、城に向かって!」

『『『御意』』』



グリフォンは空に舞い上がる。後ろからは悲鳴が聞こえてくるけど、気にしない!



しばらくすると、炎の熱気を感じてきた。

コナーたちは命令した通り、街の上空を旋回し始める。




「ひどい……家が、木が、公園が……」




何もかもが火の海に呑まれていた。

けれど、いくつか火が消されているところもある。誰かが消してくれたんだ!


でも、それはほんの一部だけであって、まだまだ炎の勢いは衰えていないようだった。


しばらく目を凝らしていると、見慣れた後ろ姿を見つけた。

噴水の前に鎮座している。


近寄ろうか迷ったけれど、邪魔をしちゃ悪いと思って降りずに事の成り行きを見守った。


しばらくすると、噴水の勢いが増して、わたしたちが飛んでいるぐらいの高さまで水の柱が届いた。

そしてその水は広がり雨となり、街へと降り注ぐ。



……すごい。こんなことができるなんて。




「ニックさん!リリーちゃん!二人は行きたい人のところに行って!コナーに頼めば送ってくれるから!」

「カ、カノン様は?」

「わたしはカイルさんと合流するから心配しないで!コナー、二人をお願いね!」

『『御意』』



わたしとコナーはカイルさんの近くに降り立った。

心配で心配で仕方なかった彼。

その背中に飛び付きたい衝動を抑え、コナーを帰した後忍び寄る。



カイルさんが術を終え、ため息を吐いたのを見計らって声をかける。




「カイルさん!」

「ん……ん?お、おまえ!どうしてここに!」

「なぜ?ですか?そうですねぇ……なぜでしょうねぇ。ケヴィさんとカイルさんを探していたら、カイルさんがいたので近づいたって感じですかね」

「おまえ、起きたのか。
地下にまで潜入されちまったということだな……」




カイルさんはいつもの変わりないが、少しやつれた感じに見える。きっと今までたいへんだったんだろう。



「カイルさん!ケヴィさんと一緒じゃないんですか?」

「途中まで行動を共にしていたが、はぐれた。きっと街のどこかに身を潜めているんだろう」

「早く見つけないと!」

「いや、平気だと思う。あいつは親父殿と行動しているはずだからな」

「誰の?」

「アルバートだ。あいつの父親は近衛騎士だからな。相当強いし、あいつの指導を受け持ったことのある人でもある。俺でさえも勝てたことはない」

「なら、安心ですね……」

「俺は内心かなり焦っているがな……」

「え、なんででふ……」



なんでですか、と聞こうと思ったのに、青い軍服によって遮られた。


カイルさんに正面から抱き締められたのだ。




「おまえが起きないから心配していたんだぞ……」

「すみません。いろいろなところに行っていたので……そこで、衝撃的なことを耳にしました」

「……なんだ」

「ケヴィさんの余命はもって1年だそうです」

「……」



カイルさんは無言だけれど、腕に力が入ったのでさらに動揺しているに違いない。


わたしたちの重なった影が炎の揺らめきで崩れる。




「……そうか」

「はい。それともうひとつ。伝えたいことがあります」

「……」

「ケヴィさんはカイルさんの親戚です。つまり王族の血筋を持っています。
ケヴィさんのお母さんはヘレンさんのいとこで、盲目だったそうです」

「……そうか」

「はい。だから似ていたんですよ。
ケヴィさんは遺伝で耳の調子が悪いみたいです。そしてその原因は脳にあって、少しずつ蝕(むしば)まれていたみたいで……」

「……もういい。少し黙っていろ」

「はい……」




わたしはしばらく、カイルさんの気が済むまでじっとしていた。

彼の背中に腕を回して……