神様修行はじめます! 其の三

―― ポウ・・・

堰を切ったように咽び泣く雛型の背中に、小さな明かりが灯る。

あれはなんだろう?

明かりは蛍のように、暗闇の中をユラユラ舞い、少し離れた場所に降り立った。

小さな光は徐々に大きくなり、そして幻影のように、人の姿を形作っていく。


・・・あれ? あの姿、どこかで見た記憶があるんだけど。

あの人、だれだっけ、えぇと・・・


『きっときっと迎えに行くよ』


その声を聞いた途端、雛型の泣き声がピタリと止んだ。

彼女はガバッと起き上がり、そして声の方へ向き直る。

幻影を確認して、悲鳴のように叫んだ。


「・・・あなた! あなた!!」


・・・そうだ! あれは雛型の夫だよ!

全身傷だらけで、ズタボロで見る影もないけど間違いない!

いったい何が起こってるのこれ!?


幻影の夫は、フラフラと倒れそうになりながら歩いていた。

その顔中が腫れ上がり、紫色に変色してしまっている。

ぼろぼろに破けた服から見える部分は、血だらけ。

ズルズル足を引きずって、生きてるのが不思議な状態で、それでも彼は歩いている。

ぶくりと腫れた唇が、うわ言のように囁いた。


『死なない・・・。きっと迎えに行くと約束、したんだ・・・』


あ・・・そう、か。

門川に捕らわれ、一族へ引き渡された後、てっきり死んだとばかり思っていたけれど。

彼は死んではいなかった。生き延びていたんだ。

雛型を迎えに行く、その一念だけを支えに瀕死の淵から生き延びたんだ。


雛型は愛する夫の姿を、縫い付けられるように見つめていた。

千年も前に消え去った夫が、生きて動いている様を。

その光は、彼のその後の生涯を、走馬灯のように克明にあたし達に見せてくれた。


夫は端境一族からなんとか抜け出し、他の一族に紛れ、ひっそりと名を変えて生きていた。

誰にも知られず、誰とも関わらず。

孤独の中で、それでも彼は、ひとりで懸命に待ち続けた。


雛型を迎えにいける日を。

ふたりの約束が果たせる日を。