神様修行はじめます! 其の三



その女はここ数日、ひどく体調を崩しておった。


だが運悪く、その日は誰も女の代役を務められる適当な者が見つからなかった。


重要な役目じゃ。それだけの能力を持つ者はそう居ない。


まさか勝手に休んで結界に穴をあけるわけにもいかぬ。


女は具合が悪いのを押して、無理に自分の持ち場に向かった。


『あなた、行って参ります』


『大丈夫か? 無理をするな』


『ご心配には及びません。無事に務めを果たして戻ってまいりますわ』


好いた男と婚礼を挙げたばかりでの。


夫は、心配しながら女を見送った。


なにしろ過酷な仕事じゃ。普通でも体への負担は相当にかかる。


しかも一日で終わる仕事でも無かった。


いったん持ち場につけば、不眠不休で連日連夜、取り掛からねばならぬ。


女は苦しみながら、必死に結界を張り続けた。


雨にさらされ、風にさらされ。


この世界を異形のモノから守り、端境の名誉を守るために。


そしてようやく、やっと明日は任期明けという日。


朝からギリギリと底冷えて。


ついには空からチラチラと雪が降り始めた。


どんどん天候は悪化し、猛烈な吹雪となった。


荒れ狂う雪に目の前はまったく見えず、凍りつくような気温はどんどん下がる一方。


夫は、もう、いてもたってもいられない。


ただでさえあんなに具合が悪かったのに!


こんな中で結界を張り続けていては本当に死んでしまう!


妻を見捨てられない! 助けに行かなくては!


周囲が止めるのを振り切り、愛する女の元へと走った。


雪にまみれ、自身が骨まで凍りつきそうになりながら、妻よ愛しと死に物狂いで雪を掻き分ける。


手足の先は痺れ、感覚は麻痺した。


鼻や頬の皮膚は冷気で裂け、血が流れる。


流れた血が、滴り落ちる前に寒さで凍った。


愛する一念で女の元へようようたどり着いた時には・・・


夫はもう、虫の息じゃった。


女も精根尽き果て、力はほとんど尽きかけていた。


朝まで結界の仕事を続ける分だけの力しか残っていない。

でも・・・


今、この場に新たな結界を張って吹雪から守らねば・・・夫は確実に死ぬ。


世界か、愛する男か。


女は極限状態の中でたったひとり、究極の選択を迫られた。