その女はここ数日、ひどく体調を崩しておった。
だが運悪く、その日は誰も女の代役を務められる適当な者が見つからなかった。
重要な役目じゃ。それだけの能力を持つ者はそう居ない。
まさか勝手に休んで結界に穴をあけるわけにもいかぬ。
女は具合が悪いのを押して、無理に自分の持ち場に向かった。
『あなた、行って参ります』
『大丈夫か? 無理をするな』
『ご心配には及びません。無事に務めを果たして戻ってまいりますわ』
好いた男と婚礼を挙げたばかりでの。
夫は、心配しながら女を見送った。
なにしろ過酷な仕事じゃ。普通でも体への負担は相当にかかる。
しかも一日で終わる仕事でも無かった。
いったん持ち場につけば、不眠不休で連日連夜、取り掛からねばならぬ。
女は苦しみながら、必死に結界を張り続けた。
雨にさらされ、風にさらされ。
この世界を異形のモノから守り、端境の名誉を守るために。
そしてようやく、やっと明日は任期明けという日。
朝からギリギリと底冷えて。
ついには空からチラチラと雪が降り始めた。
どんどん天候は悪化し、猛烈な吹雪となった。
荒れ狂う雪に目の前はまったく見えず、凍りつくような気温はどんどん下がる一方。
夫は、もう、いてもたってもいられない。
ただでさえあんなに具合が悪かったのに!
こんな中で結界を張り続けていては本当に死んでしまう!
妻を見捨てられない! 助けに行かなくては!
周囲が止めるのを振り切り、愛する女の元へと走った。
雪にまみれ、自身が骨まで凍りつきそうになりながら、妻よ愛しと死に物狂いで雪を掻き分ける。
手足の先は痺れ、感覚は麻痺した。
鼻や頬の皮膚は冷気で裂け、血が流れる。
流れた血が、滴り落ちる前に寒さで凍った。
愛する一念で女の元へようようたどり着いた時には・・・
夫はもう、虫の息じゃった。
女も精根尽き果て、力はほとんど尽きかけていた。
朝まで結界の仕事を続ける分だけの力しか残っていない。
でも・・・
今、この場に新たな結界を張って吹雪から守らねば・・・夫は確実に死ぬ。
世界か、愛する男か。
女は極限状態の中でたったひとり、究極の選択を迫られた。


