いちこはぶつかってこけた足の痛さもなくなって、つぶれたケーキのこともぜんぜん気にならなかった。

突然のハプニングから、今、デートに誘われてしまったなんて・・・。


(姿を見ることさえできれば・・・元気にやっていることさえわかればって思ってたのに・・・こんな、こんなことって!)


いちこは目を輝かせて、七杜の誘いを承諾していた。


七杜はいちこのことはぜんぜんわかっていないようだったが、話の端に自分の存在はあったような気配がしているのはわかったのでうれしい気持ちでいっぱいだった。


そして、七杜の言葉どおり、部屋でしばらく待ってからカジュアルルックに着替えた七杜とホテルの駐車場へ行き、そこから七杜の運転でドライブに出かける。


「そんなに緊張する?」


「は、はい。私・・・身内以外の大人の男の人に車でどこかへ行くなんてことがないので・・・。」


「君も俺の年くらいの男は、おっさんって呼ぶんだろか?」


「いえ・・・七杜さんはぜんぜんおっさん臭くありませんから。」


「そ、そうか。あはっはははは、うれしいことをいうコだね。
俺、そろそろ会社でもおっさんの部類みたいに言われかけてるからヤバいなぁって思ってたんだよな。」


「そ、そうなんですか・・・それはひどい言われようですね。うふふ」


いちこは初対面から始めてるんだと自分に一生懸命言い聞かせながら、言葉を選んで話した。


(あんまり急に親しげに話すのも変だよね。

どこで俺を知ったか?なんてきかれて、『宇名観っていう異世界です。』なんて言えないし・・・。

だけど、まちがいなく・・・七杜さんだ。
見た目そっくりさんかとも思ったけど、内面も七杜さんらしくてうれしい。

このざっくばらんな感じ。私に目線をあわせてくれるところも・・・。)



「どうした?疲れたのかな・・・そうだ、ちょっとそっちの自動販売機でジュース買ってくるから、ナビでテレビでも見てて。」


いちこはそういわれてテレビをつけた。

すると、テレビで話していた祐希の姿があった。
どうやらインタビューを受けているらしい。



「今回の発明のルーツを話していただけますか?」


「ルーツっていうほど、たいそうなものじゃないんです。
僕はちっちゃい頃から手先を使うことが大好きで、ラジオを作ったり、おもちゃを作ったりしていました。

中でも、おばあちゃんが好きだったオルゴールを作るのがとても得意で、1つ出来上がるとおばあちゃんがすごくほめてくれた思い出があります。」


「なるほど、オルゴール作りが発明の発端といっていいわけですね。」


「ええ、まあ。」


「祐希さんのルックスだと現在はいろんな女性にオルゴールを作ってほしいとせがまれそうですね。」


「いや、そんな。僕みたいな部屋にこもってゴソゴソしているような男は、活動的な女性からは好かれないですよ。」


「またまた・・・仕事をしてる男の背中ですから。好かれないわけないじゃないですか。

あれ・・・ここにお持ちいただいたオルゴールは一部ですか?」


「はい、おばあちゃんに作ってあげたものもなんですが、お気に入りはこの青い本の形をしたオルゴールです。

曲を聴くたびに、元気になっていくんです。

それから、こっちの赤い本の形のオルゴールは聴くと懐かしい気持ちになるんです。」


「そんな効能まであるんですか!どれどれ、赤い方から曲を聴いてみましょうかね。」