胡紗々はそんな声も聞こえなかったようで、しばらくしてお茶を持ってもどってきた。


「七杜はね・・・元気のいい弟みたいだったんです。」


「えっ!?」


「よく生傷をおってやってきては、手当してあげました。
小さな傷も、大怪我も・・・痕はが残ることもあったけど、元気な七杜は必ず治療で治った。

だけど・・・赤い本を開いた後の七杜は、治療もできない、治ることもない・・・どこもなんともないように見えるのに、目をあけてはくれなかった。

あ、君を責めているわけじゃないんです。誤解しないで。

懐かしいんです。あいつが・・・そして、君が愛しいんです。」


「胡紗々先生?・・・(なんかおかしいわ。退治屋のメンバーが私のことを気にかけるのはわかるけど、どうして先生まで?)」



「おそらく神のいたずらです。
いちこクンをかわいく思うのは僕の本心です。

でも、この愛しさは・・・わきあがるこの思いは何かに作用されているものに違いありません。

それはおそらく神のようなものではないかと思っているんですけどねぇ。」



「先生には天使のことをぜんぜん話していないのに、わかっちゃうんですね。」


「わかるなんて程じゃありません。
私の心がそう、呼びかけてくるんです。

いちこを離したくない。本来の僕はそんな激しい感情など起こらないようにしているんです。
なのに・・・今すぐ、押し倒したいくらいの気分です。
異常すぎる!

申し訳ないですが、さっさとご自分のベッドで寝てしまってください。
僕が追わないうちに・・・早くっ!」



「はい、先生・・・ありがとうございます。」


いちこはリズが自分に会ったことで、またいろんな作用が起きていると思った。

胡紗々医師が欲望を押し殺すなどという行動なんて、いちこの思考回路の中のどこにもなかった状況だったからだった。


(悪魔でも天使でもリズには困ったものだわ。
だけど、そもそもは時空神の交代のせいなわけだし・・・元の世界で過去にうちの家系で異世界にとばされたなんて話をきいたこともないし・・・。

もしかして、この宇名観という世界はもともとあった世界ではなかった?とか・・・。
なんだか不安定すぎる気がする。

それにお年寄りの人口が少ないようにも思えるわ。)


翌朝、少し距離をとりながら、胡紗々にその話をしてみると、いちこの予想したとおり、宇名観の歴史はまだ100年もたっていないのだということがわかった。

そして、宇名観の多くの民は大きな宇宙船の不時着から住み着いたという。

その後、宇宙船に引き寄せられるように、あるときは本だったり、あるときは金属だったり、あるときは宝石だったりと品を変えて、人間を宇名観へと運んできたのだということがわかった。

ちなみに七杜は、宇宙船でたどり着いた人の子孫だということもわかった。


「そうか。いちこクンもこの世界は危ういと予想しているんだ。」


「じゃ、先生も?」


「うん・・・だが、人間の力ではどうすることもできないのが現状だ。
せいぜいがんばってみても、退治屋のみんなのように紛れ込んできた魔物や悪霊などを退治することくらいしかできないよね。

僕は医者であってしかもそんな優秀な医者でもなくて・・・除霊や回復魔法もできない。
患者の話をきいて、物理的な治療を施すことが今できることだからね。

いちこクンは僕らからみれば特別な人間、選ばれた人間だと思うし、時空神の力で元の世界へと戻れる機会があればそれを逃してはいけない。」


「だけど先生は、せっかく仲良くなれた人たちをさっと忘れることができますか?」


「できないね。・・・できないけど・・・未来がどうなるかわからないけど幸せになってほしいと思うみたいに住む世界が違っても幸せになれる可能性が大きいなら幸せになってほしいと思うね。」


「先生はここになくてはいけない人ですね。」


「あはは、そうかい?・・・いちこクンとこうやってずっと話していたいんだけどね。
七杜が怒りそうだし、七杜が現れる世界があれば、いちこクンにはぜひそこに居てあげてほしいとも思うよ。

あ~~僕はわがままだなぁ。」