「なんでそんなことになってるんですか」


綺樹はただ笑った。


「NYに帰ろうと思うんだ」

「なんですって?」

「もう大丈夫だよ」


成介は車のエンジンをかけた。

少しだけ付き合ってくださいと、成介は言うと車を出す。

オーディオがランダム再生になっているらしく、バッハの平均律からジャズのバラードに変わった。


「この曲」


成介が唐突に言葉を発したのに、綺樹は小首を傾げるようにして横顔を見る。


「あの男がいれたんですよ。
 ジャズライブに一緒に行った帰りです。
ライブで聞いて、泣いていました。
 涙を流して泣いていたわけではありませんが」


ふっと口元で笑う。


「記憶が無い頃でしたが、深層であなたのことを思っていたのでしょうね」


ピアノに併せて歌詞が蘇る。

綺樹は深く視線を下げた。