涼は笑われた理由がわかって、自分でも少し苦笑して立ち上がった。
学生の学習室の方をのぞくと、今も男子学生が隣に立っていた。
その距離感が近いのに気づかずに、書籍に顔を俯かせて考え込むようにじっと字面を見つめている。
「ちょっと意訳になるけど。
これ、いいの?」
脇の机に置かれたノートへ身を屈めると、凄い勢いで筆記体を書き始めた。
「この文ね。
ここの単語はこっちを修飾しているの」
確認するように男子学生の顔を覗き見上げる。
その角度は止めろ。
涼は開いているドアをノックした。
「綺樹、行くぞ」
「わかってる」
綺樹はそのままの姿勢で見もせず返事をした。
「ちょっとへんな修飾だよね。
でも時々、洒落てわざとすることがあるんだ。
それさえわかれば、意味がとれるだろう?」
「はい、ありがとうございます」
綺樹からペンをとり笑いかけている。
わざと手を触ったな。
覚えてろ。
涼は鋭く睨んだが、男子学生は素知らぬ顔で出て行った。

