朝、自然に目が覚めた私は身支度を終わらせ、リビングへ向かった。

「……あれ?…皆さんがいない……?」

リビングへ入っても、何故かおじさんも皆さんもいなくて。

私は不思議に思い、リビングにある大きな時計を見た。

「…………まだ6時半にもなってなかった…」

静かにカチカチとなる針の音に肩を落とす。

……多分、皆さんは7時から集まりますよね…。それまで、暇です…。

……あ、…そうだ…外に行こうかな…。

……愛希君がいた花農園とか、花農園に限らずに沢山の花が咲いてる庭を歩いてたら、時間は早く無くなります…よね。

「………よし…」

思い立った私は静かなリビングから出ると、庭へと足を走らせた。

外は少し暗くて、淡い霧がかかっていた。その景色は、幻想的。眺めているだけで、心が軽くなる。

「……………あれ?」

庭を歩いていると、気づいたことが一つ。

花や地面に所々、水がかかっていて。まるで、誰かが庭に咲いている花に水やりをしていたかのような。

それに、まだ水やりをしてから、そんなに時間は経ってなさそう。

「……誰が花に水やりをしているんでしょうか…」

私は小さな疑問を持ちながら、水がかかっている庭を歩いていた。

少しすると、私の視線の先に人影。

「……あ、…あの方が水やりを…?……挨拶、した方が良いですよね」

霧のせいで、顔は確認は出来ないけれど、私は人影に向かって走っていった。

「おはようござ……、……………っ!?」

相手の顔を見て、私の身体は思わず固まってしまう。

「あ、…優さん。おはようございます」

走っていった先には、昨日とは雰囲気の違う薫瑠さん。

薫瑠さんは、いつもと同じように優しく微笑んだ。

「か、薫瑠さん…。…お、おはようございます……。…えっと……、…その…体調は大丈夫ですか?」

「……体調ですか?……はい、大丈夫ですけど…。…それが、なにか?」

「あ、いえ……。あの、昨日…」

私が昨日の事を謝ろうと、話題をだしたら、薫瑠さんは申し訳無さそうにヘラッと笑う。

「昨日?…あ、それがですね……。一昨日から記憶が無くて…。アナタが家の前で倒れていて、急いで手当てをしたんですが…。そこから、記憶はぷっつりと…」

薫瑠さんは花に水やりをしながら、うーんと首を傾げた。

「…あ、……記憶、…ないんですか」

薫瑠さんの言葉を聞いて、私は小さく安堵の溜息を吐いた。

…ということは、昨日の事、全て覚えてないんですね…。

安心しました…。覚えていたら、今までみたく接する自信が私にはないですから…。

「…ところで……。…その首筋の……」

「……………へ?」

薫瑠さんは、私の首筋を触ろうとして手を引っ込める。

「……キスマーク…ですか?…誰がこんなこと……」

「…………あ、…これは…」

私は首筋に手を当てて、昨日の夜を頭に浮かべて苦笑いを浮かべる。

…薫瑠さんが付けました…、なんて言えるはずもなく…。

「…えっと、日向さんがふざけて付けてきました」

ごめんなさい、日向さん。

「……はぁ、…全く日向は本当に……。すいません、本当に…。日向には、キツく言っておきます」

薫瑠さんは溜息を吐くと、私に申し訳無さそうに微笑む。

私は、純粋な薫瑠さんに嘘をついた罪悪感に押しつぶされそうになりながら、その場しのぎの嘘をまたつく。

「……あ、…そ、それがですね。おじさんが、もう怒って下さったので…。もう…その……」

あはは…、と私が笑うと薫瑠さんは、そうですか、と一言を言うとニコッと笑い返してくれた。

……うっ………。そんなに純粋に笑わないで下さい…。心が凄い痛んでいくのが…、嫌でも分かってしまいます…。

そんな私の心境を知らずに、薫瑠さんは一旦花に水やりをする手を止めて、私と目を合わせる。