広い家の中で少し迷いながらも、無事に薫瑠さんの部屋の前に着くと私はノックをした。

「………薫瑠さん?…優です…」

深呼吸をしてから、私は扉越しに薫瑠さんへ声をかけた。

……………あれ?…起きてないのかな…?返事がない……。も、もしかして…倒れてるとか?!

ど、どうしよう…!それなら、早く見つけないと…。

「……あ、…あの……、入りますね?」

私は返事をしてこない薫瑠さんが心配になって、鍵の開いてる扉を開け、勝手に部屋の中に入った。

「………真っ暗…」

部屋は何故か電気が全部消えていて、足元が見えない状態。

その時、私の後ろでガチャンという音がして肩が震える。恐る恐る振り向くと、少し開いていた扉が閉じ、鍵が勝手に閉まっていた。


「…か……、かか…薫瑠……さん…?」


な、なんで…鍵が勝手に…。…と、というか…薫瑠さん、どこに居るんでしょうか…。

少しパニックに陥りながらも、暗い部屋をずっと眺めていると、段々と目が慣れて。

目を凝らし、よーく部屋の奥を見ると床に横たわってる薫瑠さんらしき人。

「か、薫瑠さん?………薫瑠さん、薫瑠さん!」

私は床に横たわってる薫瑠さんの近くに駆け寄ると、薫瑠さんの頭を膝に置き何度も名前を呼んだ。



「………………っ!?」

急にグラッと視界が揺れ、背中に激痛が走る。いつの間にか、私は床に薫瑠さんに押し倒されている状況。

あ、あれ………?なんで私…、こういう状況に?

「……アナタなら、来ると思いましたよ。優………」

「………薫瑠…さん…?」

私の疑問をよそに、薫瑠さんは優しく私の頬を撫でる。

…………本当に…、薫瑠さん…?何か…、雰囲気が違う…。

「……なんで────」

「……………?」

薫瑠さんは何かをボソッと呟くと、私の喉を両手の親指で強く押す。

「…っぐ……っ………」

かろうじて呼吸は出来る。でも、喉の違和感に私には恐怖しかなくて。

じわっと目頭が熱くなり、私の目からはゆっくりと涙が流れていく。

「俺に…」

「…薫瑠、…さん……、…苦…しい……っ……です…っ……!」

私は唯一、自由な手を使って薫瑠さんの手を掴み、喉から指を離そうとする。

だけど、薫瑠さんの力は予想以上に強く、私の力では喉から手を離すことは出来なかった。

薫瑠さんが怖い……。…やっぱり、いつもの優しい薫瑠さんじゃない…。

「……俺は…、これ以上に心が痛かった。…アナタに信用されてないと、…感じて。……痛かったんだよ…!!」

薫瑠さんは大声で私に怒鳴りつけるように叫ぶ。薫瑠さんの大声に、私の身体はびくりと震える。

「…誰だ、……アナタを…優を傷つけた奴は……。………早く言いなさい…」

「………………」

薫瑠さんのいつもの優しい雰囲気とは真逆の怖い雰囲気に、私の身体はガタガタと震え出す。

「……なんで…何も言わないんですか……?……なんで……震えてるんですか?」

「……ごめ…っ…ん……なさい…」

私の肺は酸素を求め、短い呼吸を繰り返す。そんな私を見て薫瑠さんは泣きそうな目で私を見ていた。

少しの沈黙の後、薫瑠さんは急に喉から親指を離すと、私に向かいニコッと笑う。

薫瑠さんが私の喉から指を離した瞬間、私は求めていた酸素を我を失ったかのように一気に沢山吸い込んだ。

そのせいで、私は胸を押さえながら激しく咳き込んでしまう。

「……ゲホッ…ゲホッ……っ…ふっ…ぅ…」

頭が痛い…、クラクラする………。景色がチカチカしていて、よく見えない…。

「優………」

薫瑠さんは、私の名前を優しく呼ぶと、私の事を壊れ物を扱うかのように優しく抱きしめた。

「怖くないから…、泣かないで下さいよ…。…………ね?」

大きくて冷たい手で、薫瑠さんは何度も子供を宥めるように、優しく優しく頭を撫でる。

優しい薫瑠さん?…怖い薫瑠さん?

…どっち?……どっちなんだろう…?分からない…、分かんない……。