「「…はぁ…はぁ……はぁ………」」

静かな暗い花農園に、私達の呼吸音が響く。

「優、足遅すぎて僕、逆に疲れた………」

愛希君は、スーツをまくり白くて細い腕でオデコの汗を拭った。

「……ご、ごめんなさい………」

「ていうか…、唯なんかと、なんでダンス踊れるか不思議だね。アイツ、最低な男なのに……」

愛希君は私に向かって、責め立てるように冷たく言い放つ。

「ぇ?鬼稀先輩、いいひ…」

「そんなの。表側しか見てないから言えるんだよ。アイツは、日向より変態で変態で変態で変態で。裕と同じくらい性格悪くて凄い悪くて。……本当に、最低な奴だよ……。気をつけた方がいいよ」

ちっ、と愛希君が舌打ちした。

「………そうなん…ですか…」

「しかも、アイツ、可愛ければ誰にでも手出すし…。僕と翔も一時期狙われてたし………」

あー、キモい、と愛希君が顔をしかめる。

き、鬼稀先輩……?アナタは、男の子に手出そうとしてたんですか………?

「で、でも。それって、愛希君も翔君も、可愛いから手出されそうになったわけですし…」

わ、私なんてね……。はい、もうモテなくてモテなくて悲しいですよ……。

男の子の愛希君や翔君までもが羨ましく思えてくる……。


「知ってた?…可愛いって言われて少なくとも僕は嬉しくないから。僕、この顔嫌いなんだからさ?バカにするようなこと言うのヤメてくれる?……血だらけにするよ……?」

愛希君の瞳が、月に照らされてギラッと光った。

愛希君の少し高い声も、低くなり。体にザワッと寒気がはしり鳥肌がたつ。

そして、なにより…。

愛希君は、冗談で言っていないと私は思う。

瞳は、獲物を捕らえる獣の瞳をしているし。少し微笑んでいる口元から牙が出ていて…。

「………………っ」

なんて言えばいいのかな…?

人生初?産まれて初めて?分からないな…。でも、はっきり言って…。

こんなに、恐怖を感じたことはない…。

「僕ね……?優の怯えてる顔みてると…、凄い楽しいんだ……」

もっと怯えて?と、愛希君が微笑んで、私の頬をそっと優しく撫でた。

本能が言っている。危険だ、って。

それに私の体は、とても正直なようで…、愛希君の手が動く度に体がビクビクと震えていた。

「ふふっ………、楽しい………」

スッと、愛希君は片方の手のひらを私の首に持っていく。

「…………………」

愛希君は、なにもしないまま。ただただ、私の首に手の平を当てていた。

「こうやって触ってるとさ……。脈が動いているのが分かって…。優が生きてるってことが分かって…。………血が…SSAの血が流れてるって感じられる………」

愛希君は妙に優しく、私の首を触る。

「僕さ…、赤薔薇が好き…。濃い赤薔薇を見てると興奮する…。血の色で…、キレイだなって……」

愛希君の手は流れるように私の首から、棘のある赤薔薇を恐がることなく触る。