薄暗い夜道を私と愛希君は無言で歩いていた。

二人の呼吸が聞こえてくるんじゃないかな、そう思える程に周りは無音だった。

何か音があるとしたら、足音、歩く度に制服が重なる音。

それしかなかった。でも、バカな私は何か話題を出そうとして頭の中をグルグルと回転させていた。

…なにか、…たった一つ…。話題…を。

「…た、体育祭の練習、毎日大変ですけど楽しいです…よね」

「………………」

私の声は情けないほどに震えていて、しかも愛希君に無視されてしまう始末。

…た、体育祭の話題は失敗だったようです……。じゃ…じゃあ…。

「…あの」

「優、うるさい」

「ご、ごめんなさい…」

私が謝ると、愛希君は深いため息を吐いた。

「な、愛希君…」

「うるさいってさっき言ったの聞こえなかったの?」

愛希君は私の方に見向きもせずに、ただ淡々と冷たく言葉を発する。

「………き、聞こえてましたけど…あの…」

「あのさ優、しつこいんだけど」

「ひ、一つだけ聞きたいことが…」

愛希君が不機嫌になっていくのが分かっているのに、私はしつこく愛希君に話しかける。

「…はぁ……、……なに…」

愛希君は私のしつこさに諦めて、私に問いかけてくれた。

「わ、私…愛希君に何か気に障る事…しました?」

「……別に…」

少しだけ愛希君が肩を揺らす。

「……じゃあ…なんで無視…するんですか……?」

愛希君は私の疑問に答えずに、歩き続ける。

「愛希君…、………っ!?」

私が愛希君の名前を呼ぶと、愛希君は急に振り返って私の目の前まで近寄る。

「あのさ、…僕が好き好んで……優から離れると思う?」

「………え?」

愛希君は私の髪の毛に指を通して、もどかしそうに髪の毛から手を離した。

「…はぁ…。……本当は言うつもり無かったけど…。……裕が王神との件、もういいって言ったでしょ?」

「…は、はい…」

愛希君は私の首筋にオデコを乗っけると、小さく溜息を吐いた。

「あれは僕が優の血を体育祭まで我慢するって条件を守るなら、王神との件はもういいって事になったの」

「…………え…」

「でも、優の近くにいたら血が飲みたくなるから避けてた…。理由…、これで満足?」

そう言うと愛希君は、私の首筋から顔をあげる。愛希君と目が合うと、私は愛希君に向かって少し微笑む。

「…ま、満足かどうかは…分からないですが…。……私なんかの為に…ありがとうございます。…とても嬉しいです……」

「別にお礼言われる事じゃないから。…逆にあのまま裕が機嫌悪くて…突然それが爆発して優を殺させる位なら…体育祭まで我慢してた方がマシってだけ」

…何はともあれ…、愛希君のおかげで王神君と友達になれたんです…。……感謝してもしきれないです…。

「…でも、ありがとうございます愛希君」

「……別に。…その代わり……、体育祭終わったら覚悟しててね…。我慢してきた分…、沢山血飲むから」

そう言って口角をあげる愛希君。私はそんな愛希君を見て少し微笑んだ。

愛希君のおかげで今、私は裕君とも話せて王神君とも話せてるんです…。だから私は多少の痛みや恐怖は愛希君も我慢しているので、私も我慢しないとダメなんです。

私はすぅ…と息を吸って顔をあげて、微笑んだ。

「…覚悟、してますね」

私の反応に少しびっくりしたのか、愛希君は目を少し見開いた。

「………うん、してて」

でも、すぐにいつもの愛希君に戻って小さな声で言うと歩き出した。私も愛希君に続いて少し後ろを歩く。

さっきと同じで無言だったけど、さっきの様に居心地の悪い無言じゃなくて…とても心地の良い無言だった。