「で、いつからそこに居たわけ?」
伊勢千秋の冷たい声が降ってきた。
藍に向けられたのだと分かる刺々しい声。
「……」
「東北の妖怪。気付いてたんでしょ?いつからそこにいたわけ?」
「……私たちが来た時には、壱与のとこに居たよ」
伝えなかった後ろめたさで藍はボソリとそう呟く。
千秋も天音も黙って無表情に藍を見つめていた。
もっと怒られることを覚悟していた藍は、その様子に拍子抜けする。
「怒らないの?」
「怒ってるよ。やってくれたなクソ女って思ってる」
「あぁ、そう」
いつもと変わらない調子で淡々と言うものだから、千秋の暴言もスルーしてしまった。
天音は「伊勢家の人もクソって言うのですね」などと呟いている。
藍はこの男けっこう口悪いよなぁ、と思ったが言わないでおいた。
今そんなことを言ったら確実に千秋に噛みつかれる。
「やっちゃったことをウダウダ言っても進まない。今考えるべきことは、壱与が九木に殺された場合、どうするか、だ」
確認するように一言一言、しっかりと千秋は言った。
「時間もない。人手もない。出来ることは限られてる。いい?」
ズイと近付いてくる千秋。
藍はその迫力に少し後退りながらもコクコク頷いた。
「だから、君は今から知ってることを全部話せ。隠さずに、全部だ」
脅迫じみたそれにまたもや無言で頷くしかなかった。
人類存亡の危機。
そのことに頭がいっぱいで藍たちは気付いていなかった。
この瞬間。
先ほどまでミンミンジャワジャワとうるさかった。蝉たちの声が、水を打ったように静まり返っていたことを。


