「竹内の人間がどうなってもいいのな」
「当たり前だ。何を言っている」
胸元に突き返した桐の箱。
だが、弓月はそれを一向に受け取ろうとしない。
江戸時代からずっと行方不明だった楢柴。
弓月はアテルイの子孫のために四百年もの間これをもっていたのだろうか。
契約が終われば、天狗と藍たちとのつながりは何一つなくなるのに。
有明だって、弓月の気持ちは分からなくもない。
分からなくも、ないのだ。
「もし、俺が死にそうになったら、あんたどーすんだよ」
「乙姫にはそれなりの恩がある。気は進まぬが助けるだろうな」
「藍が死にそうになったら?」
「契約があるから助けるだろうな」
「そうじゃねえよ。契約が終わった後だ」
有明が目を釣り上げて問い詰める。
弓月は無表情のまま、しばらく黙っていた。
「……その時にならねば分からぬな」
ぼんやりと、弓月はそう言った。
有明はもうめんどくさくなっていた。
いつまでも受け取られる気配のない桐の箱を地面に置く。
「自分で渡せよ。こんなの。人間が好きじゃないってのは分かる。けど、自分が死んだ後のことも考えてやるくらいには藍のことは気にかけてんだろ」
有明はそう言って立ち去るつもりだった。
弓月も黙っていたままだったので話は終わったはずだった。
しかし、状況が変わったのは一瞬。
どろりと、気味の悪い妖気が溢れ出てくる。
ぞわりと背筋を何かが這う感触。
空気が一瞬で冷えた感覚。


