オサはだいぶ年をとっていた。
歯は全て抜け落ち、白濁した目はもうほとんど見えていないらしい。

オサは少年の顔を知らないのだ。

それでも、オサは少年に優しくしてくれた。
オサがいなければ少年はとっくの昔にこのクニで息絶えていただろう。


『オサ。あの大きな人は誰?』


少年が意思を持って言葉を話せるようになった頃。
目が見えないオサのために少年はオサの手を引いて歩いていた。

歩かないと足が死ぬのだとオサは言う。
だから時々、少年とオサは二人でクニの中を歩き回っていた。

『このクニで一番大きいモノといえば、ナシマだろう』


オサはガラガラの声でそう言った。
少年はふるふると首を振る。


『ううん。ナシマよりもずっと大きい人』

『新しい者が入ったのだろうか』

『分らない』


少年は顔を上げる。

太陽が昇るのとは反対側。
今日もその方向にいる人物を見つめる。


『いつも山の向こうからこっちを見つめてる人』


山の向こう。
山よりも大きな顔。
暗く、深く、表情は見えない。

ただ、大きな目だけが、ギョロリとこちらを見ていた。

つまるところ、少年は人ならざるモノが見えたのだ。
自然と、生命と死と。
あらゆるものがごちゃまぜになった何かは、太古の昔から常に生まれ続けていた。

そしてこのクニでは、少年にのみそれが見えたのである。