家に残してきた藍のことを考える。
河童たちが監視しているので滅多なことはないだろう。
それから、昨日の右近の死に際を想像した。
九木の爪が彼女の身体を切り裂いたのだろうか。
それとも、一口で噛み殺されたのだろうか。
「藍」
死の瞬間、右近は藍の名を呼んだ。
自分の子供の名前を。
今までも、そうだったのかもしれない。
弓月はふと思った。
今まで死んでいった者たちも、死の時には自らの子供の名前を呟いたのではないか。
『空にある星を一つ欲しいと思いませんか?』
右近がいつも呟いていた一節を思い出す。
あれほど口にしていた言葉だけれど、右近の最期の言葉にはならなかった。
『忘れな草の花を御存じ?あれは心を持たない』
藍の成長を見守るはずだった右近はもういない。
もういないのだ。
「さよならだけが、人生だ」
弓月はいつか右近におしえてもらった言葉を呟く。
しんとした、風のない空にそれは儚く消えていった。
ひんやりとした晩冬の日だった。
下界では雪解けにより大地が見えた。
もうすぐ、春が来る。


