「弓月ー。」
そう呼びかけながら歩き出す。
その瞬間、何かゴワゴワしたものを踏み、バランスを崩した。
「うわっ。」
モップを踏んでしまったようだ。
両手を振り回し、転ばないよう踏ん張る。
そこではたと藍は気づいた。
今、手から何かすっぽ抜けた。
「……。」
ヒューー、ポチャン。
コントのような音がした。
まずい。
これはまずい。
藍はゆっくりと震えながら風呂を覗き込む。
白く濁った風呂の底は見えない。
けれども分かる。
竹内蛍が三分かけて作ったスライムはこの中だ。
藍の手には今何もないのだから。
弓月が大切にしていた風呂に落としてしまったのだ。
一息ついて、藍はモップを持ち立ち上がる。
「……私は何も見なかった。」
そういうことにしておこう。
こんなに白く濁っているのだから少しくらいスライムの黄色がまじっても大丈夫だろう。
ゴシゴシとモップで床をこすりはじめる。
どうか弓月にはバレませんようにと藍は願った。


