「怪我人二名発見!動ける者は手伝ってくれ!」
「心肺停止一名!」
キビキビとした報告の声。
出どころはそう遠くないはずなのに別の世界での声に聞こえる。
一人死んだのか。
ジンジンする右足も、誰かが一人死んだという事実も、桜には己に何の関係もないことに思えてしまった。
木々についた火がユラユラと揺れ、伊勢家の当主と次期当主を照らし出す。
揺れる光に浮かび上がる二人の間にはやけに冷たい張り詰めた空気が流れている。
「千秋。私は、有田藍が東北の妖怪の味方をするのなら敵と見なすと言ったはずだが。私の見間違いでなければお前は彼女を助けようとした。そうだな?」
「はい」
ぞっとするほど低い父の声を気にもせず、むしろふてぶてしい態度で伊勢千秋は答える。
「ほぉ」と呟く理事長の目が細められ、話の外にいる桜でさえも震え上がったというのに、千秋はただただ平然としていた。
「僕は東北の妖怪の前にまず九木を倒すべきだと思います。現に九木のせいでライフラインはほぼ壊滅、死人怪我人もでている。優先すべきは九木でしょう」
「それがどうして有田藍を助けることに繋がる?」
「九木を倒すためには牛木が要る。牛木である壱与の封印を解くためには有田藍が要る」
理事長の圧力にヒヤヒヤする桜。
ハラハラと成り行きを見守る。
理事長は怒っている。
本気で、怒っている。
なんで千秋は平然としていられるのだろう。
というか千秋、今さらっと牛木と有田藍を「要る」で説明してたよな。
完全に物扱いじゃねえか、と桜は思う。


