「死ぬ前に言う言葉、ということか?」
「そうそう、それ。」
食べきったアイスの残った棒を見つめながら右近は言う。
その顔はいつもの無表情に戻っていた。
弓月はじっとその顔を見つめる。
右近はあまり笑わない。
愛想笑いもしないし、誰かの冗談でも笑わない。
笑わない、と言っても表面上はちゃんと笑顔を作る。
だが内心では全く笑っていない。
十六年彼女を育ててきた弓月は、彼女が心から笑っているのかそうでないのか判断できるようになっていた。
もちろん、一緒にいた河童や雪女も右近の笑いが本物か否かは判断できる。
「右近は気味が悪りぃ。普段は能面みてぇな顔してるくせに、奇妙な時にふっと思い出したかのように笑い出す。」
「奇人、変人。」
数ヶ月前の河童と雪女の会話を思い出す。
弓月はただ黙ってその会話を酒を呑みながら聞いていた。
奇人、変人。
確かに、と弓月は思う。
右近はじっと思索に耽っていると思ったら突然笑い出したりする。
家の隅にずっと静かに飾ってある市松人形が突然ケタケタと笑い出すようで毎度毎度心臓が止まるかと思う。
「板垣死すとも自由は死せず、板垣退助。死にとうない、一休。お先に、大石内蔵助。これでおしまい、勝海舟。ありがとう、夏目漱石」
ぶつぶつと呟き始めた右近。
お経でも唱えているのかと思った。
だがすぐに、偉人の最期の言葉を述べているのだと分かった。
「今年の花火はどこへ行くかね?山下清。涼しい風が吹いてくる、島崎藤村。向こうはとても美しい、トーマスエジソン」
ふふふ、と右近は笑う。
めずらしい。
今日は右近がよく笑う。
「弓月は何がいい?」
「さぁのう。」
死か。
不慮の事故でもない限り、弓月の命はあと七百年。
早いな、と思う。
二千年の寿命ももう半分を過ぎていた。
それでも右近に比べたらまだまだ時間はある。


