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木が動いた。
桜は目の前の光景にあんぐりと口を開けた。
そりゃあ木は生きているのだから動くだろう。
だが、そういうことではないのだ。
「どうする、伊勢君。」
「ひとまず鬼道学園に戻った方が良いだろうね。」
後ろで佳那子と千秋のそんな会話がする。
外から悲鳴が聞こえたので駆けつけてみたら、目の前には信じられない光景が広がっていた。
木々が、草花が、町を飲み込むように動いていたのだ。
電柱に絡まる太い幹。
じわじわと家の壁を登っていく蔓。
その速度は水が土にじわじわと染み込んでゆくくらいだ。
だが、一週間もすれば森が全てを覆い尽くしてしまうだろう。
家も、学校も、何もかも。
「仁和寺にまで侵入してこないのは鬼道学園が貼っておいた札があるからでしょうか。」
「そうだろうね。」
「やっぱり九木の仕業か。」
後ろの三人の会話を聞きながら桜は混乱した。
何でこいつらこんなに落ち着いているんだ。
九木が本気で人間を飲み込もうとしてきてるんだ。
安全な場所なんて鬼道学園が統治している寺と神社しかないのに。
仁和寺の仁王門の所に突っ立ったまま桜は考えていた。
その背中に伊勢千秋が声をかける。


