確かあの日は水がとても冷たかった。
季節は冬だったのだろう。
「……ん?」
乙姫が昔に思いを馳せていたら、ふいにある妖力を感じた。
じめじめとした、薄気味悪い妖力。
妖力が強大だというわけではない。
ただ、その正体が掴めないのだ。
正体不明。
嫌な予感。
乙姫がキュッと唇を引き締めた時。
襖の向こうからたくさんの声がやってきた。
「母様っ!大変です!」
「東北の妖怪が!茶色いグズのいる牢の方へ!」
ドタドタと転がり込んで来た子供たたの叫び声を聞いて乙姫は動揺した。
え、待って、と思わず口をついて出る。
牢。
東北の妖怪は牢に用がある。
さすがの有明でも、正体不明の妖怪に手を出すようなヘマはしないはずだ。
つまり、東北の妖怪は牢にいるもう一人に用がある。
「……参ったわ。」
はーっ、とため息をついた。
弓月、どうしてくれんのよ。
心の中で毒づく。
あなたが育てた子、とんでもないことしてくれたわよ。


