「あいつの家の銭湯に客が入ってるところなんて一回も見たことないんだよな。」
「なんでそれで銭湯潰れないんだよ。」
「知らねーよ。」
再び笑い声が響く。
十人程度しか客がいないのだから見たことなくて当然か、と藍は思う。
「でもあいつが変人だっていうのは本当だぜ。俺この間の夜、勇気出してあいつの家に忍び込んでみたんだよ。」
「不法侵入じゃねぇか。」
なんということだ。
藍が家にたくさん仕掛けたネズミ捕りは無意味なものになってしまった。
藍は頭を抱える。
あの男、何紛らわしいことしてくれてるんだ。
ガサガサ植木がうるさいからネズミだと思ったじゃないか。
「で、あいつが風呂の床をモップで掃除しながら、誰もいない屋根に向かって話しかけてたんだよ。」
「はぁ?」
「本当だって。俺も何回も目をこらしたけど有田以外誰もいねーんだよ!」
「それは……」
「変人っつーか、頭がおかしい部類だろ……。」
絶句した男子生徒の声も藍の耳には届いていなかった。
サァッと、身体中の血がなくなったかのように錯覚する。


