「天音さん。」
突然降ってきた呼びかけに天音はハッとする。
あまりに昔のことを考えすぎていたためか、後ろに人が来たことに気づかなかった。
振り返れば、蛍を呼びにいかせた女中が青い顔をして立っていた。
「どうしたのですか。」
天音の問いに女中は微かに唇を震わせる。
「申し訳ありません」とその唇は動いたように見えた。
「蛍さんが、屋敷のどこにもいらっしゃらないようです。」
蛍が屋敷の中にいない。
つまり、蛍は竹内家の敷地の外にいる。
安全な結界の、外に。
先ほどの激しい風を思い出す。
九木。
牛木の結界に邪魔をされ怒った九木。
もしも、九木が。
万が一。
竹内家の長男である蛍を見つけたとしたら。
そこまで考えて天音は唇を噛んだ。
「何としてでも蛍を見つけ出してください。手段は問いません。」
白い顔をした女中が深く頭を下げるのが見えた。


