「弓月、おめえ、どういうつもりだ。人間を守る契約なんて、恥知らずもいいとこだ!」
ふーっと鼻から息を荒く吐き、河童は唸った。
対する弓月は肩の力を抜きめんどくさそうな表情をしていた。
「九木に殺されるのはごめんだからの。保身だ。」
「おめえらがんなめんどくせえ契約しちまったせいで、今九木様の機嫌は最悪だ。」
「だろうな。」
クッ、と弓月は乾いた笑いを漏らす。
弓月がアテルイと契約を結んだと知った時、九木は怒り狂った。
元々九木に友好的ではなかった天狗一族。
森を追い出してもまだ懲りぬのか。
九木は真っ赤な目を怒りに染め、弓月に爪を振り下ろした。
手加減なしの九木の攻撃。
弓月の体は三つに引き裂かれる。
そのはずだった。
だが、そうはならなかった。
九木の鋭い爪が、弓月の身体を引き裂く前に何か見えないものによって弾き返されたのだ。
バチンッという激しい音。
傷一つない弓月も、手にヒリヒリとした痛みを感じた九木も、両者呆然としていた。
しばし、黒と赤の瞳が見つめ合う。
ハッと先に声を漏らしたのは弓月だった。
「アテルイのまじないの効力は、本物らしいな。」
余裕を滲ませる弓月の声。
対する九木は、未だに状況を飲み込めていなかった。
というより、事実を認めたくなかった。


