「そしてその海の怪の妖怪が試験会場を出て行こうとしたところを、有田藍さんが止めました。」

そう言えば佳那子は藍の「妖怪が見える」発言を信じていたな、と桜は思い出した。


「その妖怪は始末できたのですかな。」


今年で八十になる妖怪学の教師がそう質問してきた。


「いいえ、始末はしませんでした。今は有田藍さんと一緒にいます。」


ざわっと部屋が騒ついた。

それもそうだろう。
桜は暗い気持ちになる。

出席している人たちの目に非難の色が浮かぶ。
千年以上も続く対妖怪に特化した学園に侵入した妖怪を始末しなかった。
あまつさえ中に入れたまま放っておくとは。


「もちろん有田藍さんとその妖怪には監視がついています。」

「何故その妖怪を生かしたのですか?」


佳那子にキツイ口調で問いが投げかけられる。


「有田藍さんはその妖怪に名前をつけたらしいです。」

「……名前、とは。」

「人間にとっても名前というものは大切で、力を持つと言われています。それは妖怪にとっても同じようで、藍さんが幼い頃にその妖怪と出会い名前をつけたようです。だから名前をつけられた妖怪は藍さんに従属しなければいけない、という訳です。」


何人かが顔を見合わせ困惑した顔をする。

藍の口からこの話を聞いたときは桜たちも驚いた。
聞いたことのない話だったからだ。