「あるときから、毎日来るようになったひとりの男がいたんだ。本当に、ある日を境に突然にな。
それまではいっぺんたりとも来たことはないし、見たこともなかった」
「…………」
「毎日毎日同じような時間に来ては、一寸も迷わずに境内に向かって行って、熱心にお参りしていく。
不思議だったよ~、なにせ若いヤツが来るなんて久しぶりだったからな。しかも、毎日なんて」
おじさんはその男のことを思い出しているのか、遠い目で、けれど、とても優しい眼差しで空を見上げていた。
「そんな日々が1ヶ月ほど続いたとき、とうとう俺の好奇心が限界を越えて、その男に聞いちまったんだ。
『毎日毎日、何をそんなに真剣に祈っているんだ』ってな。
男は笑って、『今年受験生の彼女が、笑って春を迎えられますようにって、お願いしてるんです』って言ったんだ」
ザアッと夜風が吹く。
……その瞬間、なにかが私の胸の奥の奥で、音を立てた。
「いやぁ、大した男だと思ったよ。彼女のために、毎日130段近い石段を登って参拝に来るんだからな。
『大変じゃないのか』って聞いたら、『受験生の彼女の方が大変だから』って笑顔で言われちまったよ。
『それに、石段登ってたら脚に筋肉付いて、彼女に惚れ直してもらえるかもなんで♪』なんてお茶らけながら言うんだ。
コイツ、本当にとことん馬鹿だなって。彼女大好きなんだなってさ」


