彼女は小さく頷いた。
そして、ごめん、と続けようとした僕の口を両手で塞ぐ。
もうその瞳は涙でいっぱいなのに、それでもさとみは唇を噛み締めてそれを堪えていた。
そして、嫌々をする子供のように首を振って。
「ごめん、なら要らない。幸せだったから。傷付けたし、傷付けられたけど、…わたしは、京ちゃんといられて幸せだったから」
ポツリ、と。
頬に生温かい何かが伝って、それに触れて気付いた。
男のくせに、僕はさとみより早く泣きだしてしまったらしい。
けれどそれを止める術は知らなくて、追うように更に涙が零れて行く。
さとみはそれを見て、泣きだしそうな顔で笑った。
「泣き虫なんだから」
「………ッ、ごめ、」
「だから、ごめんは要らないよ。…ねえ京ちゃん、最後に聞いて?」
そっと彼女が微笑む。今まで見た中で一番綺麗に、一番艶やかに。
そして、彼女のつやつやしたピンクの唇は、小さく言葉を紡いだ。
「大好きだったよ、京ちゃん。今まで、一緒にいてくれてありがとう。いっぱい幸せをくれて、ありがとう」
「…さとみっ……」
「ねえ、京ちゃんは、わたしといられて、少しでも幸せだった?」
その問いに声が出ず、ただひたすら頷く。彼女はそれを見て、やっと一粒涙を零した。
どんな宝石にも勝るほど、綺麗な一粒だと思った。
「…なら、わたしはそれで充分。今までありがとう」
そして、彼女はクルリと僕に背を向けた。
「…京ちゃん、………いっぱいいっぱい、傷付けて、ごめんね」
「そんなことっ……」
「バイバイ」
そう言って、彼女は僕とは正反対の方向へと歩き出す。その背中は凛としていて、
ああもう彼女と僕の繋がりは切れたのだ、と。
その時になってようやく理解した気がした。


