夏代子は優しく瞳を細める…。

「真央…。おばあちゃんの人生はこれで全てだけれど…

 あなたは違うわ…。

 あなたの未来は、まだ真っ白なの…。

 これから、何を考え、どう動くかで未来はいくらでも書き換えられる…。

 過ぎ去った過去に囚われず、あなたは、思うように生きて頂戴ね…。

 私は、あなたの幸せを心から祈っているわ…。」


「…おばあちゃん…」


夏代子は、何かに呼ばれるように、白い世界をおもむろに見上げる。


「…そろそろ時間のようね…。

 ほら…聞こえるかしら…?

 山神が呼んでいる…」


「…えっ…??」


夏代子にそう言われ、真央も夏代子の見上げた方向へ視線を移す。


途端に…


砂嵐が、白い世界の両端から、視界を侵食して行く…。


「…おばあちゃんっ!?」


真央は、不安をあらわにして、夏代子に振り返った。


「そんな顔しないのっ!

 元の世界に帰る時間が来ただけなんだから…」


真央の視界の中央に映る、夏代子が砂嵐に侵食されて行く。


『待ってっ!!まだおばあちゃんと話したい事がいっぱいあるのにっ!!』


「…真央…銀狼の事…頼むわね…。  

 私はいつでも、あなたの幸せを祈っているわ…」


そう微笑む夏代子の姿が砂嵐に飲み込まれて行く…


「おばあちゃんっ!おばあちゃんっ!!」


優しく微笑む夏代子の幻影を瞼の裏に映して、砂嵐は全てを飲み込んだ…。








「……気がついたか…」




真央が再び瞳を開くと…



目前には、無表情に覗き込む山神の顔があった…。



ここは…


夏代子が人柱になる儀式を行った御神体の間…。


過去の出来事と、たった今さっきまで言葉を交わしていた夏代子との記憶が

真央を混乱させる。


まだ…過去の夢の中に居るような気分だ…。


もう一度、山神に視線を移して、ここが、現実の世界なのか確認する…。


山神の瞳には、先程までの熱さも、切なさもない…。


ただ、無表情に真央を映している…。


『…戻って来たんだ…』


思わずうなだれる真央に、山神が言葉をかける。