ゆりが火星への転勤から戻って
半月が過ぎていた。

保からある程度、話は聞いたものの
実際に街でほんの少し呟いた言葉に対しても容赦なく罰する監視ロボットを見ていてゆりはただ、ただ、憤りを感じていた。
そしてある日、ゆりは決心した。

「誰かがやらなくっちゃ
こんなの、おかしすぎる!」

誰よりも正義感の強いゆりには
今の世の中は耐え難いものだった。

それと
ゆりにはある夢があった
その夢とは……







ゆりは簡単に部屋を整理し
身軽に玄関のドアを開けた。

目の前に保の姿があった。

「ど、どうしたのよ?
なんか用?私、出掛けるところなんだけど」

「お前さ、俺とお前の付き合い、どれだけ長いと思ってんの?お前の考えそうな事は大体、わかる。」

「な、なによ、勝手な事言わないでよ。
ほんと、どいてよ。」

ゆりは玄関の鍵をささっと掛けると
保の横をすり抜けて行こうとした。

が、出来なかった。

保がゆりの腕をがっしりと
掴んでいたから。

「保っ、離してよっ」

ゆりはありったけの力で保の手を振りほどき、
マンションのエレベーターホールへと向かった。すると後ろから

「おうすけっ!」

ゆりを呼び止める保の声が廊下に響いた。
それはゆりがまだ男だった頃の名前だった。

「ふふっーーー久しぶりね。保がその名前を口にするの。」

ゆりは体の向きを変え、保の方へゆっくりと戻って来た。

「ああ、そうだな。おうすけ。お前には内緒にしてたけど……やっぱり俺はゆりって呼ぶよりおうすけって呼ぶ方が馴染みがあるな。」

「そうだったの?なぁんだ。結局、どんなに頑張ったって私はあんたの女にはなれないってことか……てゆーかさ、そもそも、高2の夏休みに私が告ったら、あんた言ったのよ。
お前が女だったら良かったのにって……」

ゆりは少し寂しげな表情でそう言った。

「おうすけ……ごめんな。」

「ちょっと、やめてよ。謝んないでよ。やりきれないじゃん。まぁ、でも、仕方ないか。
どこまでやったって私はニセモノなんですものね」

「そんなこというなよ!俺は男も女もなく人としてお前の事が好きだ。むしろ男女の好きよりもそれは俺にとって尊いもので、何よりも大切にしたいものだ。わかるか?だからこそ、俺はお前を一人で行かせたくないんだ。」

「保……ありがと。
そうね。ある意味男女の関係を超越してるって最高なことかもね。」

ゆりがそっと保に近づくと
二人は自然に抱き合った。

そしてーーー

ドスッ

「……うっ……」

保はその場に崩れ落ちた。

「悪い、保。
こうするしかないの。
やっぱり保を巻き込むわけにはいかない。」

急所に一発入れられ
気を失っている保を気にしながらも
ゆりは到着したエレベーターに乗り込んだ。