自分だけ、のこのこ一人で帰ってきてしまったのは、事実だ。
仁菜はこの様子を見たら、きっと驚くだろう。
彼女は、こんなに母親が自分を愛しているだなんて、知らないのだから。
そう。
大事な一人娘を守るために、彼女は……
(俺を仁菜から、遠ざけたんだから……)
仁菜の母親は、昔から厳しかった。
家にいない父親の役目まで、すべて自分で背負おうとしているように、颯には見えていた。
「あなたが私から、仁菜を奪っていったんでしょ…!」
仁菜の母のかすれた声が、夕暮れの空に響いた。
……あれは、仁菜が6年生になったばかりの頃だった。
颯が、中学生になりたての頃。
近所の並木道には、桜がまだ咲いていた。
颯は、新しい学ランを着たまま、仁菜の家の庭をのぞきこんでいた。
(もう3日目だ……)
朝と夕方、毎日顔を出すのだけど、仁菜が現れない。
中学生になり、多少登下校の時間にずれができたとはいえ、土日も仁菜が庭にいる気配がしなかった。
3日前までは、仁菜は何をするでもなく、小さな庭でぼんやりとすごしていたのに。
(……クラス替えで、新しい友達でもできたかな)
少しさみしいけど、それなら仕方がない。
颯は仁菜の家に背を向けた。



