(もう知らないもん。颯となんか、しゃべんないもん)


仁菜はストールを頭からかぶり、まぶたが腫れてしまった顔を隠した。


足元だけ見て歩いていると……。


──どちっ。


誰かの背中にぶつかった。


「あっ、ごめんなさ……」


慌てて見れば、それは颯の背中だった。


振り返る彼と目を合わせないように、仁菜は深くストールをかぶりなおす。


すると、小さなため息の音が聞こえた。


「境界の川についたんだってよ」


颯の声がした。


そして、遠ざかっていく足音。


おそるおそるストールを脱ぐと、颯はもう遠くにいて、ラスとカミーユに合流していた。


(なによ……)


取り残されたようにぽつんと立ち尽くしていると、その肩をアレクが優しくたたく。


「ニーナ、境界の川の近くに着いたようだ。
ほら、あの地の裂け目が見えるか?」


優しいアレクの低い声に、安心する。


その指がさす方を見ると、たしかに先頭から50mくらい先に、大きな地の裂け目があった。


「あれが、ラス様の祖先の王が、楔の聖剣で地面を割ったあとだ」


「……すごいですね……」


人がやったなんて思えないほどの、地面の裂け目。


もはや神話の世界だ、と仁菜は思う。