紫陽花ロマンス



何がすみませんなの? 


聞きたいけど、顔を上げたくない。


いや、顔を見たくない。
目を合わせたくない。


傘を握る男性の手元に視線を注ぎながら、首を傾げた。


意識しなくても自然と眉間にシワが寄っているだろうから、何の用かと問い掛けているのは彼にもわかるだろう。よほど感が鈍い人でなければ。


傘の上で、ぱたぱたと音を立てて雨粒が跳ねている。さらに拉げた部分から漏れ落ちてくる雨の滴が、肩で跳ね上がって頬を濡らしていく。


男性の傘を持った腕が、ゆっくりと挙がってく。私の視線もつられて上へと向かう。


ちらりと顔が見えた。
私と同じ年頃の男性っぽい。


それ以上は確かめるつもりはないから、視線は止めたりしない。


素通りしていく視線の先で、大きな黒い傘が私の方へと傾いてくる。私の紫陽花色の傘の上に、黒い傘が掲げられた。


「ごめんなさい、これ使ってください」
と、申し訳なさそうな声とともに。


だから、どうして謝るの?