茫然自失のあたし。


その、あたしの顔を見て。
瑠樹亜の口元が歪む。


笑っているような。
何か、言っているような。



『あっち……いけ』



ソプラノのビブラートの中。
瑠樹亜は口の動きだけで、そう言ったように見えた。



『あっち、いけ』



今度こそ。

確かに。


あっち、行け。



ああ。
当たり前だ。

こんな姿。

誰にも見られたくないばずだもの。




あたしは頷くこともできず、ただ黙って、その場を離れた。

地面が水面になってしまったみたいに、ゆらゆらする。


ああ、心臓がうるさい。

口が渇く。


オペラのソプラノが頭の中をぐるぐると回る。

まるであたしをバカにしているみたいに。


シルバーの自転車が見えた。
お母さんにおねだりして買ってもらった、あたしの愛車。


お母さん……

お母さん?


さっき見た、乱れた長い髪の女と。
赤いベンツのヒトが重なる。


あの、白いスカートも。

綺麗な脚も。



いや、でも、まさか。



……『あっち、いけ』

瑠樹亜の口の動き。



……『あの女』

いつか、瑠樹亜が吐き捨てた言葉。




まさか。
まさかまさかまさか。



「うっ……うえ」



吐き気がする。