夜香花

 必死で問う千代は、単に取り乱している一介の侍女だ。
 数々の修羅場を潜ってきたであろう武将の鋭い瞳に内心竦み上がったが、今は室の状況を知る、絶好の機会だ。

 何よりも、このままでは真砂から褒美がもらえない。
 千代にとって、真砂に見放されることほど辛いことはないのだ。

 千代の必死さに動かされ、武将は表情を和らげると、部屋へと千代を誘った。

「おまつというのは、あの娘か。お方様が逃げよと言うに、躊躇ってお側を離れぬ。お主が連れて行ってくれぬか」

 部屋の中を覗き込むと、奥の座敷に小さな影が見えた。
 千代は回廊に立ったまま、部屋の中を窺った。
 おまつの他には、侍女は誰もいないようだ。

「お方様は、お逃げにならないのですか」

「お方様は……お逃げになると殿に迷惑がかかるし、かといって、おめおめ人質になどなる気はない、と申される」

 辛そうに言う武将に、千代は再び部屋の奥へ目をやった。
 奥にかかった御簾の向こうに、僅かに人影が見える。
 その前に、まつはちょこんと座っている。

「お方様は、お覚悟を決められた。我らは、後の始末をつけねばならぬ。さぁ」

 武将が千代を促そうと伸ばした手が、途中で止まった。
 武将の顔が強張る。

 ゆっくりと、武将の視線が己の胸元へと降りる。
 そこには、血濡れの切っ先が突き出していた。