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 昨日、新堂が部屋に来たのは何時頃だったのだろう。確か、部屋の前を通りかかったらうなされていたと言っていて、ティシャツ姿だったし、風呂から出た後のことだろう。ということは12時とか、そのくらいか。

 私は溜息をつきながら、ヘアメイクで少し整えてから着物を手に取る。

 広げてみると、帯など小物も全て揃っており、すぐに着つけられる状態のようだ。

 だが、

「……さすがになぁ……」

 こんな立派な訪問着を自分で着つけることはできない。

 呉服屋の岬には着物も自分で着られないなんてと、呆れられるかもしれないが仕方ない。

 溜息を一つついて、誰かに着せてもらうことにする。

 大家のオバさんくらいに、着つけてもらうしかない。

 私は、大家のオバさんに事情を話そうと、廊下に出るためにドアを開いた。

 その時、ドアのすぐ側で影がササっと動いた。

「キャァ!!!」

 予期せぬ人影に思わず声を上げ、ドアがパタンと閉まる。

「どぉしたぁ!?」

 ものすごい勢いで、隣の部屋のドアがバタンと開き、すぐにこちらの部屋のドアが開いた。

「何だ!?」

 タバコを加えた新堂が、ダークスーツで血相を変えて入って来た。

「あっ、いやっ、すみません、誰かいたような気がして……」

「…………」

 新堂は青筋を立てて上着から銃を抜き、ドアの裏に隠れていた男性のコメカミに当てた。

「アッ、あはっ。あははははははは……」

 昨日見たような気がする同じようなスーツを着た男性は、ドアの裏から頭をかきながら出るなり、苦笑いをしながら新堂の顔色を伺った。

「今度やったら引き金引くからな」

 新堂のそのセリフを本気に受け取ったのか、男性は返事をしながら慌てて走り去って行く。

 いや、新堂は本気か。目が完全に本気だった。

「あっ、すみません……私が大声を出してしまったせい、で……」

「あのまま覗かれてるよかマシだろ。

 それよか今日総悟とデートじゃねーのかよ」

 新堂は、ふーっと煙を吐いて、こちらの言葉を待つ。

「えっ、デートというか……。あっ、でも着物が着られなくて困ってて。岬さんが着物を貸してくれたんですけど、着付けられなくて……」

 うつむきながら恥をしのんで言う。

「……総悟が着物って?」

 その視線が睨むようで怖かったので、すぐに部屋へ土方を通し、「この着物です」と差し出した。

「なんだ? アンタには地味な気がするが」

「あの、岬さんの親御さんが大家さんにプレゼントするはずだった物らしくて……もう渡さないからって貸して下さったんです」

「あぁ、総悟んトコのやりそうな事だな」

「こんな……大切な物貸して頂くの、もったいないと思うんですけど……」

「いんじゃね? あ、でも着付けられないわけか」

 新堂は息を吐きながら、少し思案する。

「……俺が着付けてやるよ。ちょっと待ってろ。タバコ捨てて来る。その間にこの肌襦袢に着替えて、着物肩にかけて待ってろ。要するに帯が締められないだけだろ?」

 いやまあ、そうなんだけど、なんであなた着付けられるんですか!? と思いながら、小刻みに顔を立てに振る。

 新堂はこちらの返事も待たずにそのまま一旦外に出てしまう。

 私は大急ぎでティシャツを脱ぎ、肌着に腕を通し、細い帯で自分なりに締め、言われた通り、着物を肩にかけて待っていた。

 その姿勢で3分は待ったと思う。

「おーい、入るぞ」

「はい!」

 あまり恥ずかしがると、かえってよくないと思い、大声で返事をした。

「…………あぁ?」

 近づかれると、身長差のせいか、怖い。身体中から煙草の独特な匂いがする。私は、薄く唇を噛みしめ、視線を下げて、床を見つめた。

新堂はというと、なんともなさそうにせっかく羽織った着物をひらりとはだけさせ、中の肌襦袢を覗く。

「全然締まってねーじゃねーか」

 躊躇なく、細い帯を結び直してくれる。薄い布越しにごつごつした指がおなかの辺りに触れる。

「はい次―。両腕伸ばして……そう」

 見る間に帯を巻き、見事に着付けていく。自分で着ることなどないだろうに、もしかしてこの人も呉服屋の息子? まさか兄弟? と疑い半分感心しながら、帯はどんどん締まっていく。

 新堂が帯に集中している間、無言なのもどうかとあえて、会話を探した。

「あのっ……私、掃除とか、しようと思うんですけど。今日、服買って来てからでも」

「あぁ……その話だがな、アンタ、字は書けるか?」

 どこまでバカにしてるんだと、「もちろんです」と即答する。

「よし、じゃあ、俺の秘書をしてもらう。俺は副長という立場上、雑用が多くてな。中島さんも了承済みだ。アンタは今日か明日くらいから書類整理や俺の身の周りの仕事の世話をする。女だからそういうの得意だろ?」

 ギリギリのところで、新堂の髪の毛が顔に触れそうになる。もちろんここも、タバコの匂いしかしない。

「えっ、あっ……あぁ……あの、私にできるでしょうか?」

 身寄りのない私を、いきなり秘書的な位置に抜擢してくれるのは嬉しいが、難しいことを頼まれてできませんでしたとは言いたくない。

「やるんだよ。掃除なんて甘っちょろいこと言ってねーで、役に立つように働け。でねーと、給料でねーぞ」

「あっ、はいッ!! ありがとうございます……嬉しいです。そん重要な職を与えて頂けて……。

頑張ります、私!!」

「決まりだな。じゃあ明日からだ。今日は休みにしといてやる」

 そこで着物は完璧に着付けられた。鏡がないので帯がどのような形に仕上がったのかは分からないが、着心地は非常に良い。

「頑張ります……私……、一生懸命。新堂さんのお役に立てるように」

 おそらく180センチほどあるであろう長身を見上げながら、笑顔で決心する。

「あぁ、頼んだぞ」

 この時見せた新堂の笑顔は、いつになく柔らかく、こちらが照れるほどであり。

私は赤面した顔を見られないよう、すぐに伏せた。