信一郎の引き抜いた左のこぶしは、もはや原形をとどめてはいなかった。

 指は丸くなり、一本もない。

 肘にかけては骨が剥き出しになっている。


 白河によって無惨な姿になった左腕だが、付着した緑色の液体のせいか、出血はなかった。

 ヒリヒリとした痛みはやがて麻痺し、力が入らなくなる。明らかに激痛を伴う筈だが、何も感じない。

 信一郎の目の前で白河を吸収した植物は、新たな獲物を求めることもなく、奥の間へと静かに引いてゆく。


 今になってバタバタと美咲を追いかけてきた佐野をはじめ、捜索に当たった人たちが雪崩れ込んできた。

「大丈夫ですか!」

 佐野が信一郎に話し掛ける。

「美佳ちゃんは見付かったんですね。良かった」

 しかし、佐野は信一郎の体の異変に直ぐさま気付く。

「ちょっとその左腕……こりゃ大変だ! おーい、誰か救急車を呼んでくれ。大至急だ!」

「奥に……、奥にまだ人がいます! 助けてあげて下さい!」

 佐野以外の者たちは奥の間に入り、宮坂を発見するも、胃液を吐き出しながら、皆が皆、よつん這いになって逃げるように出てきた。

 入り口でへたり込んだ者たちは皆、その異様な光景に混乱し、言葉を失っていたのだ。

 その中には、信一郎ですら何処かで見たことのあるフリーの女性ジャーナリスト、金山静江の姿もあった。


「ばっ、バケモノだ!」

 腰を抜かした巡査の一人が、部屋の中を指差して言った。

 民代の口から触手のようでもあり、生姜の根のような蔦が、炎のようにメラメラと動いていた。



第十章

「対決」

完結