「カートンカーストって、何?」

フェンスから身を乗り出して声をかけると、城島君がオーバーに大声を上げて振り返った。

「いつからいたの!?」

こちらへと駆け寄りながら城島君が少しだけ潜めた声で訊ねて来る。

「帰りのHR終わってからずっと」

私がそう答えている間に、城島君はリングを両手で掴み、そのまま鉄棒の要領でバックボードへと足をかけると、フェンスを軽々と越えた。

「カートンっていうのは、箱の数え方で。カーストっていうのは徳川家康が作った法律のこと」

城島君は笑顔でそう言い、フェンスに靠れる。

本気で言っているのか、それとも何か誤魔化したのか、すぐに判断をすることができなかった。

――きっと素でカーストの意味を知らないんだろうな……。

人の良さそうな笑顔の彼を眺めていると、なんだか胸が絞めつけられた。

おっとりとしていて、ただ純粋に良い子で、優しくて、そして頭が悪い。

どれだけたくさんの人たちにバカにされ、利用されていくのかと、城島君の数年先のことを考えただけで泣きそうになってしまう。

「今日は何時まで残るの……?」

訊ねてみると、城島君は「6時まで」と直ぐに答える。

「朝も昼も練習してるのに居残りなんて、身体がもたないよ」

私の言葉に彼はパタパタと胸の前で手を振り、また笑顔を作りなおした。

「平気。
俺、計算できないお陰で自分の練習時間が分からないんだよ。
そのお陰で全然苦痛じゃないっていうか……」

そこまで言い掛けて、城島君は言葉を止めた。

「先輩、ティッシュ持ってる?」

ゆっくりと鼻を覆いながら訊ねられ、私は鞄の中を探る。

いくつか出てきたポーチの1つ1つを開けて確認している間に、背後から小さくクシャミの音が聞こえた。

「ごめん、ティッシュ切らしてたみたい」

そう言い振り返ると、丁度城島君が鼻と口を覆っているところだった。

少しの時差の後、もう1度だけ、小さくクシャミの音が館内に響いた。

「風邪?」

訊ねると、マフラータオルを鼻に当てたまま城島君は首を横に振った。

「寒いだけだと思う。
今日、結構冷えてたし」

恥ずかしそうに鼻を覆ったまま、彼は小声で言う。

真夏日だった今日、密閉された上にクーラーすらついていない体育館は熱気に包まれていた。

「それ、風邪だよ。絶対」

私が言うと、彼は「嘘だー」と冗談っぽく笑った。