1限目が始まる時間になっても、私は教室へ行く気にはなれなかった。

かと言って保健室へ入る気にもなれず、旧校舎の踊り場でジッと不貞腐れていた。

そんな時だった。

「何してるの、綾瀬」

頭上からガラッと掠れた声が降って来た。

一瞬誰だか分からなくて、慌てて身構えしながら顔を上げる。

マスクを顎まで下した淳君と、丁度目が合った。

「授業、どうしたの」

立ち入り禁止区域なのだからほかに誰かいる訳でもないのに、私はつい潜めた声で訊ねてしまった。

淳君は相変わらず仏頂面のまま私の正面に腰を下ろし、「綾瀬こそ」と呟く。

「私は、クラスメートの顔が見たくなかったから」

素直にそう言えてしまったのは、3年間ずっと同じクラスだった淳君相手だからこそだと思う。

相変わらずだねと小さく笑い、淳君はマスクをポケットへと入れた。

「声、思いのほか枯れちゃったね」

私が言うと、淳君は小さく肩を竦めた。

1限目開始のチャイムが鳴ると、少しだけ廊下にまでざわめきが聞こえてきたけれど、またすぐに静まり返った。

「綾瀬が授業サボるの、今年初だね」

そう言いながら淳君はポケットにしまってあったMPを取り出した淳君は、片耳にイヤホンを引っ掛ける。

もう片方のイヤホンを私へと無言で差しだし、彼はMPのタッチパネル部分を素早く操作した。

私がイヤホンを耳へと掛けると、いきなり爆音が大音量で流れこんで来た。

「あ、間違えた」

声にならない声を上げる私をチラッと見て、淳君は真顔のまま呟いた。

「こんなのいつも聴いてるの!?」

耳からイヤホンを外して訊ねると、淳君は「うん」と頷く。

「耳障りな曲しか入ってない」

彼は小声でそう言うと、私からイヤホンを取り上げて両耳を爆音で塞いだ。

それでもなお私の声が聞こえているのか、会話は普通に成り立っていた。