「俺、ミラーハウスって結構得意」

梶君はそう言って、サッサと中へと入って行ってしまった。

後を追うようにして入った城島君の「痛っ!」という声が聞こえたのはすぐ後のことで、入るのを躊躇っていた井方君がおかしそうに笑った。

「風野先輩は、ミラーハウスって入ったことある?」

井方君に聞かれ、私は頷く。

「小学校に上がる前に1度だけね。
一緒に入った父親はサッサと先に行っちゃって、途中ではぐれちゃって。
出口が何処だか分からなくて、あの時は『2度と帰れないんじゃないか』なんて思っちゃった」

当時のことを思い出す。

その頃から理不尽に厳しかった父親と、父親には何も意見をしなかった母親は、遊園地という子どもの為の場所に来てもなお、私の我儘を許さなかった。

両親に望まれたままの子供像を演じる為に、無邪気な乗り物ばかりを選んで楽しそうなフリをしていた。

なのに、昼頃に入ったミラーハウスで私は呆気なく父親とはぐれ、どれだけ大声で呼んでも、返事の1つも貰えなかった。

夕方、係員の人が私を助けてくれるまで、両親はずっと2人きりで園内のレストランにいたという。

――捨てられたのだと、子供ながらに思った。

それが例え何かの思い違いであったとしても、私はそのことを未だに引き摺り、あれ以来両親に自分のことを話すことができなくなっていた。

彼らは、ただの恐怖対象でしかないのだ。

「俺も迷路系苦手だから自信ないけど……」

私が暗い思い出を辿っていると、不意に井方君が明るい声で言った。

彼は困ったような笑みを浮かべながら、係員の人にパスポートを見せて、中へ足を踏み入れる。

そして、私に向って右手を差し出して来た。

「もう子どもじゃないんだから」

井方君はそう言い、肩をすくめて笑った。

この時私はようやく、彼に両親というものがいないということに気が付いた。