「井方君は数学が苦手なの?」

私が訊ねると、井方君は「いえ…」と首を横へ振る。

「数学は得意教科です。
苦手なのは英語とか化学とか日本史とか古典とか……」

指折りでそう言ってから、井方君は慌てたように顔を上げる。

「ひょっとして俺、バカだと思われてますか!?」

勢いよく聞かれ、私は思わず「うん!」と答えそうになってしまった。

「いや、バカとは思ってないよ!ちょっと意外だなぁって思っただけで……!」

私が否定すると、井方君はホッとしたような表情を浮かべて、小さく笑った。

「俺、小学校も中学校もあまり通えていなかったから。
勉強苦手なんです」

さりげなく言われたから、聞き流すところだった。

別に気にしていないとでもいうかのように、何でもないことかのように、笑顔で言われたせいだ。

「長期休暇か何か、とってたの……?」

遠慮して暈かして訊ねてみると、井方君は「いえ…」と小声で言った。

「病気がちで、何か変化があるとすぐに寝込んでいたんで。
不味いことをしてまた寝込んだら面倒だってことで、途中からは予防のために通わなくなってたのかも」

今はもう平気ですけど……と付け足して、井方君はその場にしゃがんだ。

「城島、遅いですね」

彼に言われて時計を見たけれど、城島君が買いに行ってまだ5分も経ってはいなかった。