両腕に隠れて顔は丁度見えなくなっていたものの、静かな寝息が微かに聞こえた。

石田君は城島君の肩にそっと手を置こうとし、躊躇したようにその手を離す。

テーブルの上には松林高校が採用している教材が積まれており、城島君は右手にシャーペンを握っていた。

勉強の途中に眠ってしまった典型的な体勢を見て、石田君は僅かに表情を緩めながら、空いている椅子に座った。

「同類かと思ってたのに、真面目か」

がっかりしたような言葉を口にしながらも、その声は少し嬉しそうだった。

「石田君が誰かに興味持つのって、珍しいね」

私が言うと、石田君はこちらに視線を向けないまま小さく頷く。

「他人のこと考える程の余裕がないから」

まるで小学生が赤ん坊にでも触れるかのような慎重な手つきで城島君へと手を伸ばしていた石田君は、思いきったように城島君の明るい髪にそっと触れた。

「細いから、将来禿げるよ。こいつ」

石田君は小学生みたいなことを言いながら城島君の髪を撫でまわす。

「禿げるとか言わないでよ。夢が壊れる……」

私がボソッと言うと、石田君は驚いたように顔を上げた。

私と目を合わせた彼は、ニッと歯を見せて笑うと、また城島君へ視線を戻す。

「男だから。
順調に中年になれば、髪も薄くなるし、腹も出るよ。
愛しの梶君も」

茶化すように言って、石田君はパッと表情を固めた。

「順調に、生きていればね……」

そう付け加えた彼の声は少しだけ震えた。

石田君がその時誰を想像したのか私には分からなかったけれど、誰か親しい人の姿を浮かべていたのだろうと思う。

同意もできないまま私が黙り込んでしまうと、石田君も少しばつの悪さを覚えたらしく、唇を軽く噛んだ。

「城島起きろ!起きないと死ぬぞ!」

石田君は触っていた城島君の髪を乱暴にかき混ぜてもう片手で彼の肩を大きく揺する。

眠りこんでいた城島君は慌てたように跳ね起き、辺りを見渡す。

「冬山で遭難する夢を見た気がする……」

寝ぼけた顔の城島君を見て、石田君が明るく笑う。

「石田君、起こし方最悪過ぎない?」

あんな迫力満点な寝起きは嫌だと、心底思った。

軽く睨みつけると、悪びれせずにVサインを返される。