翌朝。

着替えを済ませて荷物を持って1階へと降りて行くと、運悪くリビングに父親がいた。

私より早く父親の方が顔を顰め、飲んでいた珈琲を音を立ててテーブルに置く。

「遊びに行くのか、受験生なのに」

わざと煽るような調子で言われ、私はサッと血の気が引くのを感じた。

父親が本当に自分に悪意を持っているのだということを、改めて感じずにはいられなかった。

「……友達との付き合いをなおざりにしてまで勉強したくない」

私がそう言うと、父親は更に眉間に皺を寄せ、また口を開く。

次の言葉を聞きたくなかった私は、玄関でサンダルをつっかけると、足早に家を飛び出した。

駅で切符を買い改札を抜けると、丁度電車が来たところだった。

電車に乗り込み、ショッピングモールまでの駅数を指で数える。

――10って、意外に遠い……。

平日の電車はガラ空きで、同じ車両には誰もいなかった。

だからと言って大々的にスペースを使う気にもなれず、隅っこの座席に縮こまって座る。

自分はまだ迷路の中にいるのだと、馬鹿げたことを考えた。

私を迎えに来てくれるまで、暗く狭い入り組んだ場所で、名前を呼び続け、誰かを求め続ける。

その誰かは父親なのか、梶君なのか、それは未だに分からないけれど。

次の駅で、人が2人乗ってきた。

乗り込んできた長身の男子2人は、静かに話しながら私の反対側の座席に腰を下ろす。

片方は迷彩柄のダボダボとしたズボンに、スタッズのついた黒いショートブーツ。

片方はダメージ加工のされたシルエットジーンズに、底の浅いスニーカー。

――平日なのに。学生じゃない人なのかな。

そんなことを思いながらボーッと彼らの足を眺めていた時だった。

「風野さん」

不意に明るい調子で声をかけられ、私は慌てて顔を上げた。

目の前に座っていた迷彩柄のズボンの男子は、目が合うと肩をすくめて控え目に笑った。

「石田君…!!」

良い感じに伸びて来た後ろの髪をすべて頭頂部でくくった彼は、いつもより随分と涼しげで、少しだけ軟らかい印象を受けた。

「同じ電車なんて奇遇」

そう言われ、私は内心「しまった」と思った。

石田君にお出かけのことをメールするのは淳君の役割のはずだった。

それでも相変わらず仲の悪いこの兄弟がちゃんとメールを交わすはずがない。

「あの……今日の待ち合わせ場所とかって……」

誰に聞いた?と私が続ける前に、石田君はムッとした表情になる。

「淳が適当な場所教えてきたから怪しいと思って梶に聞き直した」

予想を上回る淳君の仕打ちに愕然としつつ、私は両手を顔の前で合わせて石田君に謝罪をする。