「あ」ようやく顔を上げることができたぼくは、自分が通っている高校の正門の前にいることを知った。

校舎の時計は七時を指している。

今日は土曜日、体育館に部活生校がいたとしても、校舎自体は閉まっていてもおかしくない。


なのに、ぼくは惹かれるように半開きになっている正門を潜った。

自分が私服だということも忘れて。


昇降口は開いていた。

迷わず校舎に入ると靴を脱ぎ、靴下のまま廊下を進む。

薄暗くて不気味な教室を通り過ぎ、一段いちだん階段を上っていく。


いかにも出そうな空気、何故か誰にも見つからない不思議、けれど恐怖心は薄い。

ホラー映画で耐性をつけているせいなのかも。


衝突事故を起こした三階と四階の間にある踊り場まで来る。

そこで鏡と向かい合い、ぼくは自分の情けない姿と対面した。

暗くても分かる自分の姿。本当にダサイ姿をしている。


変に作っている笑った顔も、走ったせいで乱れた髪も、流れている汗も。


その鏡に背中を預け、ずるずると滑るように腰を落とした。



「まじダッセェの」



なにしているんだよ。

体調が悪い仲井さんを怒鳴りつけた挙句、置いてきたとか。

せっかくのデートだったのに、自分から好きな子に幻滅させるようなことをしちゃって。

こりゃ嫌われてもしょうがない。告白すらできなかった。


投げ出していた右足を折り曲げ、それを抱えると、膝小僧に頭を預ける。

月曜日から仲井さんと、どうしていこう。一応カレカノなのに。痴話げんかで通るのかな、これ。

なにより。


「気持ちを元通りにさせないと。仲井さんにつらい思いをさせる」


今のぼくはギターを思っても胸に痛みを感じない。あの頃はよく痛みを感じていたのに。

その代わり、仲井さんが何かしらの痛みを感じているはずだ。

ぼくが仲井さんの痛みを感じたように、彼女も痛みを感じている。


それはきっと、ぼくが感じたよりもずっと強い痛みに違いない。


どうしたらいいんだろう。なにも分からない。ぼくは逃げてばかりだ。


「いっそのこと、ぼくの気持ちが消えてくれたらいいのに」


そうだ。消してしまえばいい。

仲井さんの気持ちを戻して、ぼくの気持ちを消してしまえば。


なにか良い方法はないかな。

あんな気持ちが戻って来たところで、ぼくに損しかないし。


目を瞑って、ぐるぐると思考を巡らせる。いっそのことぼくが消えたい気分。