「あんたも大変だな。四六時中あの堅物に付きまとわれて」

「堅物ならもう一人います。ドナはまだましな方ですよ」

ライルはノーランドを頭に浮かべて苦笑する。


「それよりもあと二時間で開店ですよ。仕込みは済んでいるんですか?」

「今やってる」

そう言い張るヒュクスにライルは先ほどからかき混ぜている鍋の中身を見て溜息を吐く。



「ヒュクス、これでは日が暮れるまでに仕込みが終わらないですよ」

ヒュクスの店“オルナティブ”は昼間にはカフェ、そして夜にはバーとして店を構えている。

元々昼のカフェはヒュクスの妻である二コラが始めたもので、昼のメニューは二コラが仕込みをしていたのだが、その二コラが最近懐妊したため店を離れたらしい。

それまで二コラがやっていた仕込みを代わりにヒュクスがやるようになったのだが、評判がすこぶる悪いのだ。

「味が落ちた」「不味い」と客の苦言は容赦ない。

ヒュクスは酒の作り方なら右に出る者はいないほど詳しいのだが、料理のことになるとからっきしなのだ。

知識がないわけではないのだろうが、料理は感覚的なものもあるため普段から料理を作る習慣のない者には厳しい。



「二コラのレシピ通りやっても同じ味にはならないんだよなぁ」